第20話 VSイフリート


 床、天井、壁の全面を強力な対魔術結界で多った鷺澤家自慢の戦闘訓練室で、義徒はティア、アリア、ファムの三人を背後に並べ、ボルファーと対峙する。


 訓練室は周囲全てが白いタイルで覆われ、無駄な物は一切無かった。


 満足げに笑うボルファーは肩をボキボキと鳴らしながら声を張り上げた。


「さあ小僧、貴様の実力を見せてみるがいい!」

「言われなくてもッ!」


 相手は最強の精霊ボルファー、どんな攻撃をしても本気を出せばかわせるのだろうから遠慮はいらない、こっちは紀物(きもの)市民の命がかかっているのだ。


 義徒は、やはり殺気こそないものの、本気で倒すつもりで駆けた。


 右手には母が旅立つ前に持たせてくれた蛇腹剣、体には今、義徒が使える最大の肉体強化呪文を掛けている。


 ティア達には思念で常に指令を送り続けた。


 ファムの力でボルファーの目の前に巨大な岩の障壁が出現する。


 視界を遮ったところで裏をかき、ティアの風の力でさらなる加速をかけて背後へ回り込む。


 義徒が放った渾身の刺突はボルファーの背中を捉えるが互いの空間になんの前触れもなく起こった爆発で剣は何も無い空を貫き、義徒は退いた。


 確かにボルファーの炎は脅威だがアリアの水の力でダメージは最小限に抑えることができた。


 現に今も大した傷はない。


 義徒は剣をバラし、鞭のように振った。


 だが、達人の域にまで達しているのではと疑うほど精密な蛇腹剣の動きを完全に把握しボルファーは必要最小限の動きだけでかわしていく。


 ファムの鋭利な岩が地面からいくつも突き出すがボルファーは虫でも払うように腕で力任せにそれらを砕き割っていく。


「ふむ、ファムの岩で我の隙を作り、アリアの水で我の攻撃を防ぐ、ティアの風で移動し自らの刃を当てようと狙う、適材適所、各精霊の特製を考えた実に良い作戦だ」


 ボルファーの賛辞は決して嬉しくなどない、何せおよそ考えられる最高の戦法を試しているのにボルファーには一撃も与えられないのだから。


 隙がほとんどない、なんとか見つけて斬り込んでもまるでそこから来るとわかっているように捌き、防ぎ、避け、時には反撃を以って玉砕してくる。


 甘かった。


 いくら霊力を五分の一に抑えたからといってボルファーの積んできた戦闘経験にはなんの支障もないのだ。


 おそらく、彼ほどの戦士にもなれば自分の隙など全て把握し、意識をそこへ集中することで全領域のカバーができるのだろう。


 故に、彼は鉄壁なのだ。


 だが、どんな達人にもかならず隙はできる。戦いを長引かせ、敵の隙ができるまで待ち続ける。


 アリアから教わったことである。


 そしてそれは、戦いが始まって二〇分ばかりが過ぎた時に生じた。


 義徒は今まで、ティア、アリア、ファムの三人をそれぞれ別の用途で使ってきた。


 だがここでそれらを合わせる。


 土と風を合わせて砂塵を巻き上げ、一瞬ボルファーに目をつぶらせてから水と土を混ぜた泥沼でボルファーの下半身を飲み込んだ。


 足を覆う冷たい感触にボルファーが目の砂を拭い、下を確認した時、すでに義徒はボルファーの頭上に迫っていた。


 力を溜める時間を削られたボルファーの炎は突風と水の二重障壁で相殺させ、いつのまにか義徒の背におぶさっていたファムが義徒の腕を通じて剣の形態を取った蛇腹剣を、地下数千キロよりさらに下の強固な地殻で覆い、巨大な槍のようにして義徒共に叫び突貫した。


「!?」


 目の前の現状に義徒が絶句する。


 巌の槍は間違いなくボルファーの脳天を直撃するはずだった。


 なのに、ボルファーの右手があらぬ速力で動き、義徒とファムの豪槍を掴み取ったのだ。


「甘いのう」


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