第19話 会議


 二〇六六年、日曜日の朝、アリアは目を覚ますとよく覚えていないが、なにやら懐かしく、良い夢を見ていた気がして小さく笑うと、着替えて無感動な表情を作り、リビングに向かった。


「じゃあ、今までのことをまとめてみるか……」


 アリアがリビングに入室すると軽く挨拶を済ませ、難しい顔をしながら義徒はティア、ファム、ボルファーも居座るリビングで、テーブルに何枚もの用紙を広げた。


 もっとも、ボルファーはただ義徒の次なる行動を眺めて楽しんでいるようなもので、決して事件解決に協力するためにいるわけではない。


 なんの手助けもしてくれないのにただ暑苦しい存在感を撒き散らす彼は、義徒からすれば迷惑でしかないのだが、ボルファーはボルファーなりに何かに気付くかもしれないという無駄とも思える期待を支えに押し黙ることにした。


「四月初頭から紀物(きもの)市で若い人の失踪者が急増、多い時は一日一〇人以上も行方不明になっている。協会からの報告と俺が魔術を使った痕跡を見つけたから魔道師が犯人だってのは確定だ」


 言いながら義徒は五枚の用紙を自分の前に並べる。


「協会が派遣してくれたソルジャーは紀物(きもの)市に来たその日の内に全員殺されている、各ソルジャーのレベルから犯人はAランク以上の魔道師の可能性が高い、そして、この街に出現したゾンビからネクロマンサーが犯人だとわかった。それで、一番怪しいのは……」


 ファムがプリントアウトしてくれた用紙をみんなの前に突き出し続ける。


「アロン・ベイス、去年行方を晦ましたばかりのネクロマンサーで実力はAランクの中でもかなり上、ネクロマンサーとしての力で顔を変えてこの街に溶け込んでいるのだとしたら、一番怪しいのは新任教師のロベルト先生だ。実際、商店街で失踪事件が起きた日の夕方に姿を見たし、ちょうど四月初頭に引っ越してきている。高校の先生なら中高生の情報は手に入れやすいしな」


 義徒の推理には鷺澤家自慢の精霊三人娘は何も言わないのに対し、ソファにふんぞり返って朝っぱらから優雅にワインを瓶ごと呷(あお)っているボルファーは豪笑した。


「何を言っている、なれば貴様の担任である山下教諭、春休みを挟んでいる以上、生徒である岡崎の小娘も怪しいではないか、その二人も商店街にいたのだろう?」

「ファムが辛党になってもありえないって」


 紀物(きもの)市民の命が掛かっているというのにそれすら娯楽の一部として楽しんでいるように見える倣岸不遜の精霊に冷ややかな視線を向けつつ、義徒も彼の力は理解していた。


 数千の戦いを乗り越え、数百万にも達する命を焼き尽くし、時には猛将、時には知将、時則に仕えるはるか古代から各時代や国ごとに魔王とも神とも描かれ、その歴史は闇に葬られたがために一般人にこそ知られていないが、実力ならば同じイフリートの中でも有名な、アラジンに登場するランプの精より勝るイフリート史上最強の大精霊ボルファーならば、このような事件は一瞬で解決できるだろう。


 それこそ、彼の霊力知覚領域を考えればこの街で起こっていることなど全て筒抜けだろうし、最上級ソルジャーのアロンと対峙しても一撃で彼の戦力全てを焼き尽くして捕縛できることだろう。


 これ以上犠牲を出すわけにはいかない、となればなりふり構っていられる余裕はなかった。


「頼むボルファー!」


 そう切り出して義徒はソファに座ったままではあるが、自らの持ち霊であるボルファーに頭(こうべ)を垂れた。


「仮契約でも俺は間違いなくお前のマスターだし、鷺澤家の次期当主で今は当主代理だ、必要なら俺の最大霊力を数日分やってもいい、だから強力してくれ!」


 義徒の行為は召喚師として最大の譲歩であり、自分の手に余るような精霊を使役する時の態度であるが……


「ふん、我がマスターを名乗るなら今の五倍の霊力を保持するがいい」


 けんもほろろに一蹴してボルファーはワインを口に含む。


 予想していた事態ではあった。


 そもそもこの精霊は鷺澤家への義理立てとして仮契約ぐらいはしてやると言っておきながら義徒の言うことを聞いたためしがないのだから。


 精霊によって仮契約の意味は変わってくるが、普通は召喚の主導権は完全に精霊が握っていたり、使役に大量の霊力を持っていくなどだが、ボルファーの場合は魂のパスを通したからある程度離れていても思念で会話が出来るというだけで、召喚獣としてはまったく機能していない。


 ふと、ボルファーが突然ワインを置くと頭を上げない義徒をなにやら検分するように眺め回した。


「そうだな……そこまで言うなら五倍ついでだ、ティア達三人を使って最大霊力五分の一の我に一撃でも与えられたら考えてやってもよいぞ」

「本当かッ!?」


 ガバッと顔を上げて質す義徒に顔を歪めてボルファーは笑った。


「当然だ、我は嘘やハッタリが嫌いだからな、もっとも、小僧、貴様程度でははたして我の五分の一にも値するか……」

「やってやるよ……やってやるさ!」

「ほほお、たいした自信だ」


 しかし、やる気に満ち溢れる義徒と違い、ティア達はボルファーの不敵な笑みの意図がわかっているかのように、表情は暗く沈んでいた。

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