第17話 ウンディーネ


 四大精霊のうち、水属性を司るウンディーネという精霊は、ひどく感情が希薄な存在である。


 感情がないわけではないが、誰かが死んでも涙を流さず。


 あらゆることを機械的にこなし続けるだけの精霊である。


 ただし、ウンディーネには人並み以上の感情を手に入れる方法が存在した。


 それは恋をすることだった。


 とはいっても、感情の薄い彼女達が恋をするということ事態が難しいので、結果、感情豊かなウンディーネというのは全体の一割前後しかいないと言われている。


 そして、感情が少ない故に、召喚師との契約も、ただ霊力や戦闘力、知識の多さを見せれば簡単に契約を完了させてくれるため、人に友好的なシルフとはまた、別の意味で契約のしやすい精霊と言えた。


 アリアも、最初はそんなウンディーネの一人だった。


 ウンディーネ達の住む水の都を守る女傑の一人として、その心にはどこまでも忠実すぎる騎士道精神だけに彩られ、娯楽の類に興味はなかった。


「おう、お前可愛いな、俺の持ち霊になってくれよ」


 だから、目の前で戯れ事を語る召喚師にもさした感想もなく、ただ最強のイフリートであるボルファーと一緒にいるという理由でアリアは時則の召喚獣になった。


 時則という人物は、ありとあらゆる面で魔道師としての常識から外れていた。


 召喚術師にとって己の人生を左右する精霊との契約、どの召喚術師も、少しでも良い精霊、されど自分の手におえる範囲内に納め、使い勝手や利用価値を考慮し、なんの精霊を持ち霊するかを慎重に考え、目的の精霊達がいる場所へ赴くと、さらに品定めをするように精霊達を選抜していく。


 なのに、時則はおもしろいからとか、可愛いからとか、フィーリングがどうのとか言って精霊と契約し、ボルファーのように、最初から強力な精霊と契約すればよいものを、契約してからその精霊の力を見定め、わざわざ自分で修行をしてやるのだった。


 ここまで非合理的な魔道師などアリアは聞いたことが無い、さらに極めつけだったのは普通の召喚師は契約した精霊をその地に残し、必要な時だけ召喚するのに対し、彼はあてもなく世界中を周り、旅の供にとそのまま連れて行くのだ。


 アリアも手を引かれ、そのままお持ち帰り状態にされた時は流石に驚いた。


 いくらウンディーネでもボルファーが一緒に行くことを薦めなければ、どんなにマスターの命令であったとしても断り、もしかしたら叱責したかもしれない。


 中には、特別な事情があって、一緒に行けない精霊もいたのだが、時則は大きな戦争に勝つと、わざわざ霊力を払ってまで皆を呼び出し、その日召喚した精霊はそのまま待たせておき、一体何をするかと思えば全員で勝利を祝おうと言うのである。


 その時の戦に参加した他の召喚師達は必要な分の霊力を報酬として払ったのだからと戦が終われば精霊達を帰したというのに、時則はそれを良しとしなかった。


 魔道師達の宴の席に精霊が同伴しているのは奇妙な光景にも見えたが、誰になんと言われようと、時則は「酒は仲間同士で飲むものだ」といつも言い張っていた。


 それはいつもの光景で、本当に底無しで楽しそうに時則は精霊達と寝食を共にし、飲食をかっくらい、遊戯にいそしみ、戦になれば、いの一番に駆け出し敵陣に単騎突入、いや、数多くの精霊達をひきつれた大隊で殴り込んでは勝利の雄叫びを上げた。


 そんなのが毎日のように起こり、だからアリアも、自分がいつから人並みの感情を持ったのかなんて、わからなかった。


 ただ、気付いたら、今まで聞き飽きるほど男達が言ってきた「綺麗だ」という言葉に対し、時則の「可愛い」という言葉に熱いものを感じ。


 彼が冗談半分で女性型精霊達にやっている、抱きつく行為に赤面していた。


 時則が毎晩、精霊を抱いているのは知っていた。


 だが、アリアは自分の気持ちを言うことができなかった。


 時則への情念で人並みの感情は手に入れたが、どうやら彼女の場合は恋愛にたいしてオクテな性格になってしまったらしい。


 しかし、感情が豊かになれば恋慕がバレると、いつも気丈に振る舞い、冷静さを保ち続けた。


 仮に時則を叱責するようなことがあっても「ウンディーネを怒らせるとは、変な才能をお持ちですね」と皮肉を言ってやった。


 辛かったのは時則に助けてもらった時だ。


 とことん魔道師としての常識を破り続ける時則は、自分の精霊達を守るために、その身をも犠牲にし続けた。


 アリアに巨大な火球が迫ったとき、時則はなんの躊躇いもなくアリアを庇い、その背に攻撃を受けた。


 背中の皮膚が焼け爛(ただ)れ、立っているのも辛いはずなのに。


「てめえら俺の仲間に何すんじゃボケぇえええ!!」


 などと叫んで刀を振り回しながら突貫していった。


 そんな日の夜は、時則への思いが募り、ロクに眠れなかった。


 そうやって、世界中の景色を見て周り、時には異世界にすら足を運んだ時則は晩年、故郷である日本に屋敷を構え、そこに落ち着いた。


 彼には人間の仲間もいたからだ。


 精霊はいいが、人間の仲間に、いつまでも不安な旅生活をさせるのは忍びないという配慮から取った行動だった。


 それでも、妻や子供を家に残して発見されたばかりのアメリカ大陸に行った時の行動力には驚かされたものだ。


 そうして、少なくともアリア自身は時則に、自分の気持ちを悟られていないであろうと確信したまま、最期の時が来た。


 時則が死ぬ前日のこと。


 いつものように、アリアは亡き妻の代わりに、ティア同様、時則を献身的に介護していた。


 ティアが退室し、後はアリアが布団を整えてロウソクを消せば今日は終わるはずだった。


「なあアリア、俺明日死ぬわ」

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