第14話 貴方の夢を守るため


 虚空に浮かぶ蒼き召喚陣、煌煌と輝く光はその強さを増し、その中に紺碧の剣士がその姿を示した。


 召喚師と精霊、どちらかが一方的に使われたり、単なる契約だけで繋がった召喚師など三流、人の身でありながら、魔術という神秘に触れし召喚術師、人を凌駕する超常の精霊、一度(ひとたび)呼び出そうものなら、例えいかなる壁が立ち塞がろうと、何万光年離れた隔絶があろうとその全てを踏み越え、一瞬にして馳せ参じる。


 人と精霊の、種族を超えた信頼と絆の具現にして最終形態、それこそが !召喚術!


「義徒殿ッ!」

「アリア! こいつらの動きを止めろ!」

「御意!」


 水の精霊、ウンディーネたるアリアが剣を振るった途端、巨大な津波が起こり、ゾンビ達を義徒達とは反対側の金網へと押し出し、続いて津波はまるで巨大な水槽にでも入れられたように立方体を成し、ゾンビ達はその中から逃れようと必死にもがくが、水泳技術など望むべくも無い亡者達はただもがくばかりで水の空間から脱け出せる気配もない。


「義徒殿、こやつらをどうしますか?」

「できれば戻してやりたいんだけど……」

「無理ですね、彼らは既に死んでアンデットに変わり切っています、催眠魔術のようにはいきません」

「じゃあ安らかに浄化させるとか」

「残念ながら、私はそのよう技は持っていません、あの者達の肉体、潰させていただきます」


 アリアが魔術を行使しようとした瞬間、義徒が叫ぶ。


「駄目だ!」

「ですが……っ、ティア!」


 アリアの呼びかけにハッとして後ろを振り返ると、ティアの背後には数体のアンデットが迫っていた。


 瞬速の踏み込みでアリアは真一文字に切り裂き華麗な連撃を以って敵の総身を切り刻んだ。


 しかし、屋上の入り口を見れば新たなゾンビ達が次々に侵入してくる。


 一人一人斬り倒していたのでは義徒を守りきれるかはわからない。


「ティア、このままではマズイ、あいつらを一掃するぞ」

「はい」


 二人がそれぞれ霊力を溜め、魔術を発動させようとすると後ろから義徒が掴みかかる。


「義徒君!?」

「なっ、なにを……!?」

「駄目だ、いくら一度死んだからって、元は人間なんだぞ! それを……」


 もうゾンビ達はすぐそこまで迫っている。アリアは義徒を力任せにふりほどき、金網に叩きつけると目の前の空間から次々に水の刃を放っていく。


 何の抵抗も無くゾンビ達の体を貫通していく刃に全身を切り裂かれ、敵の数は減っていく。


 最後の仕上げとばかりにアリアが虚空で手を握り締めるとゾンビ達を拘束していた水が猛り、縦も横も関係なくメチャクチャに回転しながら徐々に圧縮していく。


 敵が水圧で全身を潰され、回転があらゆる間接を捻じ切ったのを確認してアリアは水を消した。


 屋上は人間数十人分の肉解が散乱する惨状と化した。


 その光景に義徒とティアが唖然とするとアリアがティアを睨む。


「ティア、何故攻撃しなかった?」

「すっ、すいません、でも、私は家事と移動が専門ですし、戦闘経験があまりないので、義徒君も駄目って言ってますし……」


 初代の時則を除いて、歴代の鷺澤家の当主はいずれも合理的な人間ばかり、おそらくはティアの力で空を飛んで戦地へ行き、敵はボルファーとアリアの二人に任せるということを繰り返してきたのだろう。


 結果、ティアは戦闘経験が極端に少なくなるため、咄嗟の判断ができなくても仕方ないだろう。


 その辺をアリアも斟酌(しんしゃく)したのか、それ以上ティアを責めるようなマネはしなかった。


 だがアリアの怒気を乗せた眼光はそのまま義徒に向けられた。


「義徒殿」

「はいッ!」


 斬りかからんばかりの覇気に心臓を跳ね上げて返事をした義徒に、アリアは諫言(かんげん)する。


「貴方は甘すぎる、ティアを見れば分かるとおり、我々精霊とは本来、このような戦闘には特化していません、確かに精霊の力は絶大、ですが力を解放することしか知らない精霊の力を最大限に引き出すには召喚師が戦況を見極め、的確な判断と決断をし、精霊に指示を出し、契約で繋がったパスを通じて精霊への霊力供給や霊力調整が勝利のカギです。義徒殿自身は戦士のつもりかもしれませんが、今しがた私を召喚したように、貴方は父上から我々を受け継いだ時点で召喚術師なのですよ、なのに、召喚師であるあなたの指示がめちゃくちゃでは精霊は困ってしまいます」


「そりゃ……俺は召喚術師としては全然だけど……すいません」

「まあ、貴方の場合は召喚術師以前に、戦士としても機能していませんね、今回を含めて、結局はいつも敵を殺すのは私ですから……少しは魔道師としての自覚を持ってもらいたいものです」

「……」


 返す言葉がなかった。


 術師としても、戦士としても三流の自分、そしてそんな自分には似つかわしくない最強レベルの精霊達、義徒はいつだって、いかに彼女達が自分に不相応かを思い知らされている。


 歴代の鷺澤家の当主達はきっと皆をうまく使っていたことだろう。


 ティアの力で空からすばやく目的地へ移動し、もしくはファムの力で地下から敵地へ潜入し、アリアとボルファーで数え切れないほどの敵を倒してきただろう。


 自分にそれができないのは、周囲から言われてきた理想のせいだ。


 でも、例え自分の理想がどんなに難しくても、諦めたくはなかった。


「……じゃあ、俺は店で待ち伏せるから、二人は霊体化してついてきてくれ」


 主の指示に頷いて二人の精霊は姿を消した。


 ビルの屋上から飛び降り、ティアの力で人通りの少ない所へ静かに降り立つ義徒を慈しむように見つめ、アリアは静かに呟いた。


「貴方の夢をともに目指しながら貴方を守る。そんな方法は……一つしかない……貴方に降りかかる火の粉は全て私が払う、貴方を傷つける者は私が全て殺す、貴方が貴方の理想を果たすまで、もしくは貴方が理想を捨て、魔道師らしくなるまで……何十年でもお守りします。義徒殿……」


 忠実なる水の騎士は、主のためとはいえ、家臣にあるまじきさきほどの態度を自責し、再び義徒へ対する忠義の心を精神の奥深くに刻みつけた。

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