第12話 ゾンビゲーム

 かくして、アリアの秘策はどう転ぶかといえば、それは義徒の不安を大きく打ち砕くものだった。


 いったいどれだけの男共がアリアを取り囲むかと思えば、まったくの逆、いざ街へ出てみると全ての人々が道を開け、どのような不良もナンパ野郎も落ち着かないようすで遠巻きにアリアを見るばかりだ。


 名刺を握る、スカウトマンとおぼしき男も完全に腰がひけている。


 女性達はアリアの姿に畏敬と羨望の眼差しを向け、ただその美しさに見惚れるばかりだった。


 携帯電話で写真を撮ることもできたのだろうが、アリアの持つ、王族並の気品の前に、それは失礼な気がしてしまい、誰もやろうとはしない。


 そう、アリアの秘策とは義徒のまったく逆、どのような格好をしても魅力を封殺できないならば隠さない、むしろその魅力を存分に発揮してやるというものであった。


 アリアのあまりに神々しい威光に立ち向かえる男の存在など望むべくもなく、確かに、アリアの言うとおり、誰にも声は掛けられないし、みんなが道を開けてくれる分、歩きやすいのだが……


 義徒の人生でここまでの辱めを受けたのは初めてだった。


 何せ義徒はそのアリアのすぐ横を歩いているのだ。


 アリアの存在感に比べれば義徒など空気も同然、否、本当に空気同然に扱ってもらえればどれだけ楽だったことか、角度の都合上、義徒のせいでアリアの姿をよく見えない人もいる。


 そういった人々の邪魔だと言わんばかりの視線があまりにも痛い、穴があったら入りたいなどという次元の話ではない、義徒は完全に消えて無くなってしまいたかった。


 ここまでの犠牲を払っているのだから、犯人捜索の重大な手がかりでも見つけられれば義徒の苦労も報われるのだが、残酷なことに今夜もなんの収穫もなかった。


 仕方なく、義徒は次の日からは一人で街を散策し、警察やガラの悪い連中を見つけるたびに逃げ出すハメになった。


 自分も父のように、自分自身の姿が視界に入っても気にならない魔術を会得していればと悔やむが、あいにくと義徒はまさに最近までその術を父から教わっている最中だったのだ。


 習得する前にイギリスに旅立った父が妙に憎く見えてしまうが、泣き言を言っても仕方ない、とにかく限られた力の範囲内で犯人を見つけるしかないのだから。


 それでも、なんの手がかりを掴むことができないまま、無情にも日数だけが過ぎていった。






 ビルの屋上から屋上へ、次々に跳びまわり、今夜も義徒は街中の霊力を探る。


 しかし何日やっても一向に敵の姿が見えず、日に日に被害者が増えるこの状況に、義徒は焦燥感に駆られ、自分でもどうしたらいいのか分からなくなっていた。


 いくら探してもなんの痕跡も見つけられない、まるで敵が自分の行動を先読みしているようにも感じるが、自分を観察している使い魔がいればティアやアリアが気付くはずである。


 すると、横で義徒を見守っていた今夜の同伴者、ティアが一つの提案をした。


「義徒君、ここは待ち伏せるというのはどうですか?」

「待ち伏せ?」

「ええ、こうやって街中を周っても敵が見つからないのであれば、どこか一箇所に止まって、一晩待つのです」

「でも、それじゃあ、そこに来てくれないと確実に見つからないぞ」

「だから、できるだけ確率の高そうな場所で待つんです」


 その提案に義徒は手を顎に当てて小さく唸った。


 確かに、あてもなく駆け回るよりもそのほうがいいかもしれない、義徒自身も、今の捜査方法を変えるべきだろうかと思っていたところだ。


「そうだなあ、被害者は中高生から大学生、この時間じゃ中学生はさすがにいないから、大学生ぐらいの人が集まりそうな場所は……」


 少しして、義徒は友人から聞いたクラブの名前を出し、そこに行こうとティアに告げる。


 ティアもそれを承諾し、風の魔術で体を浮かせた。


 二人が空を飛び、街の人から見えないよう、建物の影に隠れながら目的の店を目指すと、不意に二人の霊力知覚がある力を捉えた。


「ティア!」

「はい!」


 一気に加速して霊力の根源へ向かう。


 夜の闇を切り裂き、一瞬のうちに降り立ったのは街でも比較的高いビルの屋上、そこに何十人という人達が佇んでいる。


「ッッ! この人達は……」


 その姿に義徒は絶句した。


 光のない双眸に低い唸り声、地獄の亡者のように揺れながら歩み寄る若者達の正体はまぎれもないゾンビだった。


 人間の死体が不完全に生き返り、誰かの意思、もしくは本能のままに動く、アンデット系の代表である。


 それほど戦闘力が高いわけではないが、生者と違い、痛みや恐怖による怯みがないのと全身を粉々に砕かない限り動き続ける特性は厄介である。


 そしてゾンビとはほとんどの場合、今のように群を成して襲い掛かってくる。


 ようするに、勝てない相手ではないのだが、倒すのに時間が掛かる。


 そのため、敵の足止めとして用いられることが多い。


 普通の魔道師ならばこれで済むが、こと義徒に限って言えば、ゾンビはとんでもない兵器となる、何せゾンビ達は元々生きた人間なのだから……


 屋上に着地し、間髪いれず義徒は命を下す。


「ティア、みんな吹き飛ばしてくれ!」

「はい」


 頷いてティアが右腕を振るうと、一陣の風が巻き起こり、前方のゾンビ達が吹き飛んで屋上の端の金網に叩き付けられる。


 だが、そんなことで止まるようなゾンビではない、なにせ彼らはすでに死んだ身なのだ義徒が蛇腹剣に炎を纏わせ切り裂いたならば亡者の群は倒せるかもしれない、しかし義徒は腰に挿した剣のグリップ部分を握ったまま、一向に刃を具現化する気配は無い。


 モンスターですら殺すのはかわいそうだと思ってしまう義徒だ、そんな彼に、元人間を斬り倒せというほうが土台無理な話なのだ。


 今の義徒の頭はどうやって彼らを安らかに成仏させるか、それだけであった。


 ゾンビにもっとも有効な対抗手段、それは浄化である。


 迷える魂を異なる縛りから解き放ち、輪廻の輪へ戻してやる、そうすればゾンビは何の抵抗もなく力を失う。


 ただし、これは白魔術師や僧侶の技、義徒の専門外である。


 誰よりも平和を愛しておきながら、彼の才能が剣術と黒魔術に特化しているというのはなんとも皮肉な話である。


 ティアを中心に、二人は風の魔術でゾンビ達を退け続けるが、それも何時まで持つか……


「義徒君、私達だけじゃ持ちません……」

「……ッッ、だったら」


 義徒は風魔術の行使をやめると、意識を集中して目の前の空間に膨大な霊力を凝縮し、高らかに叫んだ。


「来てくれ、水の精霊……ウンディーネ!」

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