第11話 止まらない失踪者



 朝のニュースでは、昨晩の失踪者は過去最高であると報じられたのだ。


 街中をくまなく飛び回り、魔道師を探し回ったというのに、過去最高の被害者数というのはあまりにも酷だった。


「なんでだッ! 昨日は何もなかったはずだぞ」

「義徒君、あまり興奮しないでください」

「でもっ!」


 と叫んで、義徒は自嘲した。


 確かに昨日の自分に落ち度はなかったはずだ、つまり、運がなかったとしか言いようがない、その怒りをこんな形で表すなどどうかしている。


「悪い……でも……」

「ねえファムちゃん、警察のデータベースには何かあった?」

「むぅ、それが何もないの、このファムちゃんの情報網から逃れるなんてすごい奴だね」


 ファムの応えに義徒はますます落ち込む、既に失踪者は五〇人を越えている。


 紀物(きもの)市民の不安は高まり、引越しを考える者達も出始めていた。


「今夜からは空じゃなくて地上を中心に回ってみるよ」

「でも、義徒君一人じゃ、あまり遅くまでいたら警察の人に注意されちゃいますよ」


 ただでさえ若者の失踪者が多い現状、警官の注意しにくい不良連中はともかく、義徒のようにただの眼鏡少年が深夜に一人で出歩いていれば警察の厄介になるのは眼に見えている。


 せめて保護者のような人と一緒にいるべきだろう。


「はいはーい、じゃあ今夜はファムちゃんが義徒ちゃんと一緒にいきまーす」


 元気よく両手を上げるファムの頭を義徒が撫でる。


「はいはい、気持ちは嬉しいけどファムじゃあ保護者じゃなくて妹だろ?」

「むぅ、これでも義徒ちゃんの何十倍も生きているんだからね、ペリーちゃんの寝所に忍び込んで軍服着て遊んだことあるんだからね」

「って、そんなことしたの!?」


 顔を真っ赤にして怒るファムの発言に驚き思わず義徒は仰け反る。


「ええ、わたしは駄目だって言ったんですけど、ファムちゃん昔からみんなに可愛がられて……沖田さんとお団子食べたり西郷さんとお風呂入ったり、竜馬(りょうま)さんと記念写真撮ったりで……」


 申し訳なさそうに語るティアにファムは悪戯っぽく笑う。


「えへへ、そういうティアちゃんだって霊体化して巌流島の決闘見に行ったくせに」

「だっ、だからわたしはちゃんと霊体化してるんですって、そんなファムちゃんみたいに実体化したまま城下町に行きません」


 あまりに浮世離れした二人の会話に理解が及ばず、義徒は顔を引きつらせながらお茶を飲んだ。


「なれば、私の出番か、義徒殿?」


 リビングに入って来た青髪青眼の美女に義徒達の視線が集まる。


「えー、なんでアリアちゃんが行くのー?」

「今この家で大人の姿をしているのは私とボルファー殿だけだろう、しかし、あの方はまたふらりと遊びに出てしまった。というわけだ、今夜のお供は私で異論ありませんね?」


 アリアの確認に義徒は快く頷く。


「ああ、ティアでも女友達にしか見えないし、最初からそのつもりだったよ、ただ……」


 義徒の視線はアリアの髪や顔、胸を何度も往復する。


「まあ、別の意味で捜査に支障がでるかも……」

「安心しろ、私とて、だてにこの数百年、鷺澤の当主に仕えてきたわけではない、こういう場合の対処法も知っている」


 得意げに語るアリアに義徒の視線が突き刺さる。


「そんなこと言って、お前が街に言ったら一〇メートルおきにナンパスカウトナンパスカウトの繰り返しだろ、なんか秘策でもあるのか?」


 忘れもしない、小学校の時に義徒の服を買いにアリアに連れられ街へ出かけると、なんのオシャレもしない、むしろダサいと言っても良い服を着ていったにも関わらず、アリアはすれ違う男達に次々と声をかけられ移動だけで普段の倍以上の時間がかかってしまったのだ。


 彼女の美貌はもう上下ジャージを着たとて遮断できるものではあるまい。


「まっ、まさか着ぐるみを着る気か?」

「ふざけてますか?」


 口に手を当て、ハッとする義徒をアリアが軽く叱咤した。


「まあ、とにかく捜査にはなんの支障もきたさない方法は時則様の時代から熟知していますゆえ、ご安心を」

「……」


 アリアは非常に使える精霊である。


 戦闘力はさることながら、鷺澤家に対する絶対的な忠義心に膨大な知識と知略、それこそ、霊力の絶対量ではボルファーに劣るものの、家事担当のティアや情報収集担当のファムに比べれば、アリアほど頼りになる仲間はいないだろう。


 いわゆる、戦場で背中を任せられるタイプである。


 なのに何故だろうか、義徒の第六感は全身全霊の力を以って警告音を発している。



「……アリア」

「はい、準備完了です。では参りましょう、義徒殿」


 義徒の直感は当たった。


 はたして、アリアの秘策とは、ダサい服を着ることでもなく、着ぐるみで直接顔を隠すことでもなく、まして男装をすることでもなかった。


 むしろその逆である。


 今のアリアの身を包むのは高級ブティックのショウウィンドウでもそうお目にかかれない、見るからに生地と仕立ての違う、青いドレスだった。


 一流のファッションモデルでもない限りは着負けてしまう逸品も、アリアの絶大なる美貌にあっては完璧に馴染み、完全にアリアの美しさを引き立てるための装飾品としてその機能を果たしている。


 人や精霊どころの騒ぎではない、泉の女神、そんな言葉が自然と頭に浮かぶ。


「アリア、俺は今日ほどお前に失望した日はないよ……」

「何故ですか義徒殿? 完璧な策のはずですが……」


 アリアの返答に義徒は破裂したように叫んだ。


「あのなあッ! お前の魅力を万倍にしてどうするんだよ!? お前本当に俺の話聞いていたか!? 何がだてに数百年鷺澤家に仕えていないだッ!?」

「何を言うのですか、時載殿など金と赤を基調とした派手な着物に宝石をちりばめた純銀製の鞘の刀を挿して西洋貴族の格好をした私と戦国時代の京都をよく歩きましたよ」

「初代様何やってんだよ!?」


 悪びれるようすもなく首を傾げるアリアに、義徒は全ての力が抜け、もうそれ以上は何も言う気がしなかった。


 半泣き状態で「もういいよ」と言って外に出る義徒の横を、アリアは誇らしげに並んで歩いた。


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