第10話 馬鹿にはざまぁを


 結局、義徒は昨日の晩はなんの収穫を得ることも出来ず。学校へ行くと再び被害者のことを聞くことになった。


 今度の失踪者は山下が顧問を務める空手部員中九名、そのせいで山下は警察へ事情聴取を受けに行くことになり、代理としてきた教頭先生の堅苦しいホームルームが終了すると隣の席に座る朱美が腕に抱きついてくる。


「ヨッシー」

「んっ、どうした朱美?」


 甘えるような上目遣いで義徒を見ながら朱美は一枚のチケットを取り出した。


「実はゴールデンウィークの初日にボクの試合があるから応援に来てねー、それでもしもボクが勝ったらご褒美に遊びに連れてってー」


 無垢な笑みでおねだりをしてくる朱美の頭を優しく撫でて義徒も笑い返す。


「そのぐらい全然構わないぞ、そのかわり、今夜も真っ直ぐ家に帰ること」

「そのくらい、わかってるよー」

「しっかし朱美、十六歳にもなって幼馴染を引っ張り回すとか有り得ないだろ、いい加減、彼氏くらい作れ」


 からかうようにして言う義徒に擦り寄り、朱美は頬を膨らまして文句を言う。


「いいもん、行き送れて負け組って言われて、一生ヨッシーに迷惑かけてやる」

「まっ、心配しなくても売れ残ったらその時はもらってやるよ」


 冗談めいた切り替えしに、朱美は目をキラキラさせて「ホント!?」と言って見つめてくる。


「ああ、残り物には福があるからな」

「にゃー、そんな理由で選ぶなー」


 今日は四月二二日、ゴールデンウィークまでは約十日、今年のゴールデンウィークは五月一日からなので協会が提示した期限と同じである。


 やはり、一日も早く事件を解決させなくてはと焦燥する義徒の前に、ふと、大きな影が現れる。


「……毒島?」

「鷺澤~、今日こそ決着をつけるぞ」


 髪をワックスではねさせた目付きの悪い男子の名は毒島健(ぶすじまけん)、クラス一の不良で先生達の悩みの種である。


 入学初日に、気弱に見える義徒にケンカをふっかけてあっさりと撃沈されて以来、妙に絡んでくる。


「え~、またやるの?」


 うんざりしたように立ち上がり、教室の前で毒島と対峙する義徒、クラスの連中も観客となって義徒を応援する。


「てめえが調子に乗ってられるのも今のうちだけだかんなっ! うおりゃああああ!」


 あからさますぎる雑魚っぽい掛け声と同時に殴りかかる毒島に、義徒は怠慢な溜息を吐きつつ、一応は怯える演技だけはしておいた。


 小火器の弾丸を弾き、車を軽く鉄屑へ変えられる義徒ならば一般人の毒島など一撃で殺せるのだが、それでも魔道のことを秘匿するために、義徒は入学式の日と同じ、弱さを誇示しつつも倒すことにした。


 型も何も無い、ただの不良パンチをかわし、怯えて逃げ惑うふりをしながら巧みに毒島の足を引っ掛けていく。


 書いて字のとおり、七転八倒を繰り返しながらも毒島はこりずに義徒に走り寄る。


 その度に偶然を装って足を払っていく、やがて義徒がトドメを刺そうと、およそ人間の反射神経では捉えられない瞬速の足払いで毒島を半回転させる。


 上下逆の状態で顔面を床に強打し、手足をピクピクと痙攣させる毒島の姿を、クラスの全員が笑って見ていた。


「お、俺は何もしてないよ」


 と慌てるフリをする義徒、目立たないようにとやっていることなのだが、みんなからすれば義徒がケンカをすると必ずおもしろいことが起こると、かえって皆の注目を浴びる結果になっている。


 しばらくすると、ブルブルと腕を震わせながら毒島は立ち上がり、義徒をキッと睨みつける。


「おおおおおっ!」


 叫んで殴りかかる毒島に対し、義徒は壁に背をつけ、刹那の見切りでかわした。


 結果、全力の一撃は教室の壁に直撃、毒島は右拳を抑えながら床をのたうち回るはめになった。


「のおおおお! こっ、拳が……カチ割れたー!」

「大丈夫か?」


 自らに手を差し伸べる義徒に「触るな!」と怒鳴り、義徒はあっさりと自分の席へ戻って朱美と他愛のない世間話に興じた。


 クラスメイト達の嘲笑に歯を食い縛り、毒島は震える足で保健室へと向かった。




 冷たい夜風に撫でられながら、傍らにいるティアの力で共に空を飛ぶ義徒の眼下には、まばゆいばかりの光が満ちている。


 それはどれもが人工の光で、いまいち柔らかさが無かった。


 上からは、対照的に月の柔和な光が舞い降り、街の上と下で随分と差があるなと感じつつ、鷺澤義徒はティアと一緒に霊力知覚を最大に研ぎ澄まし、街を見張る。


 これで、もしも近くで誰かが魔術を行使すればすぐにわかるし、よほど霊力を抑えるのに長けたものでなければ強い霊力を持つ者の存在も少しは分かる。


 だが、今夜は高い霊力を持つ存在も、術の発動も感知することが出来ず。


 結局、何の収穫もないままに夜空を徘徊しただけに終ってしまった。


「まだ始まったばかりだし、こんなもんかな」


 と、言いながら、義徒は焦る気持ちを抑え、帰宅したが、次の日の朝に眠気も吹き飛ぶ衝撃を受けることになる。

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