第8話 敵のランク
「それほんと?」
華麗にパソコンを受け止めたファムに続けて義徒も問う。
「なんでそんなこと知ってるんだ?」
「そんなもの、この目で見たからに決まっておるだろう、帰りにちょいとアサシンの奴らを見かけてな、てっきり魔道関連被害の片付けや隠蔽をしてるのかと思ったらそいつらの死体回収をしとった」
アサシンというのは魔道を秘匿するためだけに特化した魔道師で、死体回収も主な仕事の一つである。
それはともかく、義徒は顔をしかめて言うボルファーの言葉が嘘とは思えなかった。
というよりも、表情一つ変えただけで部屋の空気が振動するような威圧感を放つ男に反論できる奴などせいぜいアリアぐらいのものだろう。
しかしボルファーが嘘を言う必要性もないゆえ信じるしかないのだが、それでも一応、情報の確認はする。
「ファム、その五人のランクは?」
「Cランク四人、Bランク一人だよ」
Cランクは中級ソルジャー、Bランクは上級ソルジャーと呼ばれ、上級悪魔と互角に戦えるほどの戦闘力を持つ、それがこの街についてそうそうにやられたとなれば相手はかなりの実力者だろう。
「じゃあ相手はAランク、最上級悪魔並の魔道師、もしくはよほどの軍勢ってことになるな……」
「ボルファーさん、犯人が人外の可能性はありますか?」
ティアの質問にボルファーは顎をさすりながら思案し。
「可能性は低いな」
と応える。
「まず悪魔の類ならば霊力ではなく魔力が感知されるがこの街に魔力なぞほとんどないし特別強い邪気も感じられん、悪魔の可能性はまずないであろう、吸血鬼(ヴァンパイア)や人狼(ウェアウルフ)のような亜人種の可能性もなくはないが、奴らは肉弾戦に特化した連中ばかり、証拠も残さず数十人もの人間をさらうとなれば、やはり凄腕の人間の魔術師が絡んでいると見るべきであろうな」
「むぅ、いっそ街中のみんなが夜は家にこもってくれれば楽なのにねえ」
ファムの意見に義徒は「それができたら本当に楽だな」と微笑して彼女の頭を撫でた。
「朱美にはさっき、しばらくの間は外に出ないよう約束させたけど、それもいつまで持つかわからないし、さっさと犯人見つけないとな」
義徒の発言にボルファーが興味ありげに身を乗り出した。
いくら巨大とはいえ、一応人型なのにまるでトラックが迫るような重圧である。
「ほお、あのわがまま娘を手なずけるとは、小僧何をした?」
冷やかすように笑うボルファーに義徒はうんざりしたように怠慢な言葉を返す。
「別に大したことじゃないよ、ただ朱美の激しすぎるスキンシップを全部嫌がらずに好きなだけやらせながら頼んだんだよ」
「はは、小僧もそういうところは鷺澤家らしくなったではないか」
ボルファーの返答と同時にティアの体がビクッと反応する。
メイド服を揺らしながらズンズン義徒に近づき、紅潮させた顔を触れそうなほど寄らせ声を張り上げる。
「よっ、義徒君、その激しいスキンシップって、具体的に……どっ、どんなことをっ!?」
「どっ、どんなって、いつも通り抱きついたり腕絡めたりおぶさってきたり、あとは頬擦りとか……それがどうかしたのティア? 顔真っ赤だぞ」
「はうぅ」
恥ずかしそうにうつむいたまま、上目づかいに見てくるティアの心中を察することができない義徒に痺れを切らしてボルファーが口を開いた。
「小僧、あの小娘とは恋仲か?」
途端にバッと顔を上げて自分の顔を凝視してくるティアに気圧されて義徒は二歩下がる。
「って、そんなわけないだろう、朱美はただの幼馴染だし、あいつのだってただのノリでやってるだけだって」
それを聞き、テレビのチャンネルが変わったように安堵するティアの姿をボルファーは笑い飛ばした。
「ハハハ、ティア、そんなに小僧と小娘のことが気になるなら見えないよう霊体化して監視したらどうだ?」
「わっ、わたしはそんな覗きみたいなことはしませんっ!」
今まで以上に赤い顔で叫ぶティアの姿にますます気を良くして、ボルファーは笑い続けるが、ふと、何かに気付いたように笑いを止め、顎で壁際に置いている机を指した。
その机には赤い線で魔方陣が描かれ、その上にコピー用紙の束が置かれている。
ボルファーが笑いを止めた今まさにその時、一番上のコピー用紙の上に文字が浮かび上がる。
これが魔道師の通信手段として使われる方法である。
つまりは魔術のファクシミリ、陣の上に置いた紙に伝えたいことが浮かぶというものである。
「ソルジャー協会からだ……」
「ねーねー、なんて書いてるのー?」
義徒が手に取ったコピー用紙を覗こうとファムがぴょんぴょん飛び跳ねる。
だが、次の瞬間、義徒は突然、癇癪を起こして用紙を机の上に叩きつけた。
「ふざけるなっ!」
ティアとファムの肩がビクッと跳ねておそるおそる尋ねる。
「あのう、義徒君、一体なんの用だったんですか?」
その問いには、ようやく用紙を手に取ったファムが義徒よりも先に応えた。
「何これ? この事件は義徒ちゃんに一任するだって」
ティアは驚きの声を漏らし、義徒は珍しく舌打ちをする。
「ほほお、して、褒賞はなんだと書いとるんだ?」
「義人ちゃんをDランクソルジャーからCランクソルジャーに昇格だって、でも今月中に解決できなかったら協会からまたソルジャーを派遣するって書いてるよ」
鼻を鳴らし「奴らの考えそうなことだ」とふんぞり返るボルファーに義徒は思わず食って掛かる。
「どういうことだよ!?」
「フン、小僧、やはり貴様はまだ協会連中の考え方がわかっとらんようだな、いいか、そもそも魔道師なんて連中は一般人を見下す傾向にある、魔術も使えん脆弱な存在だとな、そんな連中が十や二十死のうと大きな損害ではない、ただ馬鹿共が軍を動かして面倒なことをしないよう、魔道の存在を秘匿することこそが重要なのだからな、だから連中は街の人間に多少の被害を出してでも鷺澤家の嫡男に出世の機会を与え、名門の次期当主様のご機嫌を少しでもとっておこうという腹であろうな」
その答えに義徒は歯噛みした。
義徒は霊力の高さだけなら既にCランクソルジャー並である、だが持ち前の優しさのせいで大した成果は出せずDランク、下級ソルジャーの地位に甘んじている。
それでもAランクと思われる敵を相手に無謀な気もするが、協会はボルファー達を従える義徒ならば可能と判断したのだろう。
ただ、幸か不幸か、協会は義徒が肝心のボルファーを従えられていないことを知らなかった。
「俺は出世がしたくてソルジャーになったんじゃない!」
怒気の込もった声が室内に響くが、ボルファーはそれをあしらうように言葉を紡いだ。
「お前の気なんて知るわけないだろう、何せ貴様はおそらく、日本一魔道師らしからぬ魔道師なのだからな、マトモな頭の魔道師なら嬉々としてこの依頼を受けるぞ」
何を今更と言わんばかりの態度を取るボルファーの答えに、義徒は二度目の舌打ちをした。
「なんて連中だ、だったらすぐに解決してやるさ、ファム、警察のメインコンピューターに侵入して事件の情報を全部引き出してくれ」
「はーい」
義徒の指示にファムは某ゲーム名人も真っ青の連射速度を十本の指全てで再現し、キーを叩き続けた。
「悪いけどティアは夜、俺と一緒に街を周ってくれるか?」
「はい、喜んで」
「情報収集終ったよ」
ティア言い終わるのとほぼ同時に笑顔で言うファムに義徒が笑みを見せる。
「ほんと、仕事早いな……警察のメインコンピューターもファムの前じゃかたなしか、じゃあ情報の整理は頼んだぞ」
「うん、任せてね義徒ちゃん」
ファムが頷くと義徒は自室へ戻り、戦自宅を整え、ティアとともに夜の街に姿を消した。
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