第7話 最強の精霊



 学校が終わると、朱美の激しきスキンシップ全てを受け止めて彼女の機嫌を取り、しばらくの間は真っ直ぐ家に帰ることを約束させてから義徒が帰宅すると、すぐにその異常に気付いた。


 洋館の扉のドアノブに触れた途端に感じる熱量、物理的なものではない、霊的な圧を彼の手は確かに感じ取った。


 敵ではない、義徒はこの霊力を知っている。


 ここまで強大で熱苦しい質の霊力などそう何人もいてたまるかと、義徒は扉を開けた。

 屋敷の玄関ホールを抜け、真っ直ぐリビングへ向かうとソレはいた。


「おお、帰ったか小僧」


 義徒の祖父が彼専用に買ったキングサイズのソファにようやく収まる浅黒く、全身を筋肉の束に覆われた巨躯は見間違えようも無く、鷺澤家に仕える最強の精霊、最後の四大精霊、火のイフリート、ボルファーである。


 ティア達四人を仲間に加えた鷺澤(さぎさわ)時則(ときのり)が戦場で常にその傍らに置き、時則が人生で最初に契約した精霊である。


 最も古くから鷺澤家に仕え、どの歴史でも当時の鷺澤家当主とともに数々の大戦を勝ち抜いてきた実力者で、その霊力は大魔王クラスにすら相当する。


 ティア、アリア、ファムの父親のような存在で、豪胆豪快な性格の持ち主である。


 だが義人を実力不足だと言って軽んじており、鷺澤家に仕える精霊の中では唯一義人に逆らう。


 父から四大精霊を受け継いだ時、ボルファーだけは拒否権を与えられていた点も、彼の特別性を物語っている。


 なんとか仮契約の形を取ることだけはできたので、離れていても対話することはできるものの、その通信はボルファーの意思で簡単に遮断できるし、呼び出そうとしても召喚に応じたことなど一度も無い。


「アリアから聞いたぞ、しばらく我が留守にしている間に成長しているかと期待してみたが、当主代理になっても相変わらずの腑抜けらしいではないか」


 燃え立つように逆立ったマグマのように赤い髪と瞳が放つ威容にやや気圧されながらも義徒はなんとか応える。


「そっ、そんなこと言ったって、家族に殺気なんて込められないよ……」


「いかんなあ、たとえ家族であろうとも修練の相手をしてくれているのだ。こちらも殺す気でかかるのが最上の礼であろう、なんなら我が直々に揉んでやってもよいぞ」


 痛快そうに笑うボルファーに義徒の口元が引きつった。


「はは、お前が相手じゃ一瞬で消し炭だっての……」


 ボルファーの霊力はイフリート界でもトップレベル、精霊の王や族長でさえ彼の前では一歩退かねばならないし、ボルファーが一声かければ世界中に存在する精霊の半分以上が動くと言われている。


 そんな正真正銘の大魔王に一魔道師にすぎない義徒がまともに戦えるわけがない。

 本当に、時則はまだ若かったであろう時期にどうやってこんな怪物を手なずけたのか、義徒は不思議でしょうがない。


 ちなみに、ティアは家事、ファムは情報管理、アリアは教育と警護の任を持つのに対し、ボルファーだけは戦闘時以外に仕事がなく、このようにそこらを好き勝手に徘徊して遊びまわるという、なんとも精霊らしからぬことをしている。


 彼曰く、人間界ほど娯楽に満ち溢れた場所はなく、それを楽しみ尽くさないのは勿体無いないとのことだが、逆に一切の遊戯や飲食をしないアリアには理解できないらしい。


「あっ、帰っていたんですか義徒君」


 大皿いっぱいの焼き鳥を運ぶティアがリビングに入ってくるだけでボルファーのむさ苦しい霊力が薄れた気がして義徒は安堵する。


「ただいま、って、それボルファーの晩ご飯?」


「はい、焼き鳥二〇〇本です、さすがにこれだけ焼くのには時間がかかりましたよ」


 油っぽい匂いをさせる鶏肉の山をずいっと突き出して「一本どうですか?」と薦めるティアに義徒は被りを振って断った。


「いや、見ているだけでもういっぱいだからいいや」


 そう言って義徒が苦笑いを浮かべる焼き鳥の山がテーブルの上に置かれるとボルファーは待ってましたとばかりに手を鳴らし、両手に三本ずつ持って次々に喰らう。


 どんなに料理をむさぼろうが意地汚さが感じられず、全てが豪快の一言で片付けられるのもまた、彼の並々ならぬ風格の賜物だろう。


 背後から潰されそうなほど圧倒的な存在感を感じながら義徒は思い出したようにティアに問う。


「そうだ、そういえば協会から派遣されたソルジャーの調査したデータは?」

「実はそのことなんですが、まだ来ていないんですよ」


 困った表情で応えるティアに義徒も負けないぐらい困った顔になる。


「来ていない? 協会はちゃんと派遣したんだよな?」

「それは確実だね」


 言って、部屋に割り込んできたのはノームの少女、ファムだった。


 ボルファーが焼き鳥を食べるテーブルの上にノートパソコンを乗せて画面を見せる。

 そこには協会から送られてきたソルジャー五人分の情報が載っている。


 ハッキングなどによる情報漏洩を危惧し、魔道関連の協会は本来、とある方法で魔道師達と通信するのだが、今回は鷺澤家の情報を統括するファム自身の要請により、デジタル情報で送るよう言われたため、このような形を取った。


 そもそも、魔道師という人種は一般人を見下す傾向が強く、自分達の魔術に代わる電気製品が出来ても、魔術のほうが便利だと嘲笑い、あまり歓迎的ではない。


 まして精霊ともなればなおさらのことのはずだが、そこは電子の申し子とも言うべきファム、幼い頃からこの屋敷で暮らしていることもあり、極限まで使いこなしたパソコンの便利さを認めようとしない魔道協会に文句のメールを送りつけたことがあるほど文明の利器に浸っている。


「魔術師は黒魔術師と白魔術師、錬金術師、戦士は槍兵と弓兵、バランスが良いですね」

「協会の人達もそのへんは考えてんだよ、でもこの秋南市の管理者の義徒ちゃんに挨拶しにこないなんてちょっと失礼だよう」


 実際に子供なのだが、子供っぽく頬を膨らませてファムが画面の男達を睨みつけると不意に岩のような手がパソコンをひったくる。


「ほほう、こいつらがその助っ人とやらか……」


 焼き鳥二〇〇本を軽くたいらげたボルファーが片手のうえにちょこんと乗せて画面を眺めると鼻を鳴らし、ファムに投げ返した。


「悪いがな、そいつらとっくに死んどるぞ」

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