第4話 幼馴染だけど俺の家に来たことがない女の子


 来週からは英語の時間が今までの先生とロベルト先生の二人で行うことが分かり、一日中そのことだけが話題を独占した日の放課後、朱美のわがままで義徒は商店街の本屋に駆り出されていた。


 普段は厚くて重い、ハードカバーの魔道書ばかり読んでいる義徒には、ソレに比べればはるかに薄く、カラフルな表紙のファッション雑誌や料理本は非常に珍しく見える。


 しかし、朱美のことだからスポーツ雑誌か猫の本でも買うのかと思えば、朱美は真っ直ぐ料理本のコーナーへと向かう、朱美がボクシングという趣味や軽薄な言葉づかいとは裏腹に、比較的一般向けの料理は大体作れることは知っている。


 だが、朱美は料理に特別熱をいれているわけではない、ただ子供の頃から母親と家事を分業し続けた結果、人並み以上に家事ができるようになっただけだし、義徒も家庭科の授業の調理実習まではそのことを知らなかった。


「ねえねえヨッシー、みてみてー」


 はしゃいで朱美が指したページにはお弁当用の料理が載っている。


 ちなみに彼女が義徒を呼ぶときのヨッシーというあだ名は初対面で彼女がいきなり

つけたあだ名であり、他の友人達は中学卒業と同時に使うのをやめたため、今では朱美だけが使う呼称である。


「なあ朱美、そのヨッシ―ていう呼び方だけど、やっぱり赤い帽子を被ったヒゲ親父の仲間を思い出すからやめないか?」

「やーだ、ヨッシーはヨッシーでヨッシーなの、いいからこれ見て」


 幼馴染の言葉に嘆息を漏らしながら朱美の指差すページを視野に入れると義徒は首を傾げた。


「クリームコロッケって、朱美、なんでお弁当用のページなんか見ているんだ?」


 首を傾げる義徒の顔を、朱美は花のような笑顔で覗き込む。


「えー、だってヨッシーお母さんが仕事でイギリスに行っちゃったんだよね? どうせヨッシーのことだから自分でお弁当作ってんでしょ? だからボクが作ってあげるよ」

「えっ!?」


 義徒の顔が岩石並の硬度を発揮して固まる。


 まさか家にはあらゆる家事を超越した齢(よわい)数百歳の人外メイドがいるなど言えるはずもない義徒は言葉に詰まってから、即席の嘘で誤魔化す。


「えっと、実は今、母さんの友達が来てくれていて……その人が作ってくれるんだよ」


 刹那的な言い訳に朱美の目が光る。


「それ、本当?」


 鋭い疑惑光線を浴びながら義徒は棒読みで。


「モチロンさー」


 と言ったがその時の表情は作り笑いにしても無理がある。


 これが義徒の利点であり欠点第二、嘘がつけないである。


 冷や汗を流しながら視線を微塵も合わせない義徒に朱美の顔が近づき、凝視し続ける。


 バランス棒を忘れた綱渡りぐらい限界スレスレの義徒に助け舟が出たのはその時だった。


「帰りにデートとは熱いな鷺澤(さぎさわ)」


 右方から聞こえる声は聞き間違えるはずもない、生粋のオタク教師山下のモノだ。


 山下とはまだ二週間ほどの付き合いしかないが、たったそれだけでも十分すぎるほどに彼の人間性は理解できた。


 義徒の分析力が並外れているからではない、ようするに山下がそれだけ濃いのだ。


「そうなんですよー、ボク達デート中なんですー」


 便乗して義徒に抱きつき自称Cカップの胸を正面から押し付ける朱美に義徒の脳内でネズミ花火が点火した。


 顔を紅潮させ、両腕は朱美を突き放したいがそれには朱美の体に触らなくてはいけないためどう動いて良いかわからず、バタバタと振っているようにしか見えない。


「仲がいいねえ、このまま岡崎ちゃんルートでエンドするのか?」

「って、俺と朱美はただの幼馴染です!」


 義徒の回答に山下の顔がキターと叫ばんばかりに輝く。


「幼馴染!? 恋愛フラグ発生ダー! 岡崎ちゃん、君は毎朝鷺澤を起こしにいくんだ、そうすれば恋愛フラグ立ちまくり、必勝アイテムは思い出の品だ!」

「アイサー……あれ?」


 と、今までは調子の良かった朱美の表情に疑問符が浮かび、義徒に胸を押し付ける腕の力が弱まった。


「そういえばボク、ヨッシーの家に行ったことないよね? ヨッシーが何度も家に来ているのに……」


 朱美が義徒の家に行ったことがないのは無理も無い、鷺澤家の周辺に張られている、近づく気がなくなる結界を利用した物で、義徒と関わった者は義徒の家に行こうとする気がなくなるという魔術を父が義徒にかけている。


 ヤル気が関係ない仕事上の、例えば先生の過程訪問などは、家の付近まで来た所で記憶を改竄(かいざん)する魔術で自分は鷺澤義徒の過程訪問を滞りなく済ませたという暗示にかけてきた。


 郵便物に至っては、屋敷自体に不自然さを感じない結界がかかっているので、やたらと立派な屋敷を見ても配達人は気にならず。鷺澤家が噂になることは無い。


「朱美、それはさあ……」


 当惑する朱美に義徒がなんとか誤魔化そうとすると山下が何故か神妙な面持ちで自分を見ているのに気付いた。


「家に……行ったことがない?」


 普通の人間ならばそう気にするようなことではない、にも関わらず、山下は家に行ったことが無いという事実に不服な様子である。


 義徒の心中に「まさか」という嫌な予想が浮かんだ途端、山下が床に手をついて崩れた。


「それじゃあ……幼馴染属性の威力が半減じゃないか……」


 涙ながらにしおれる山下は魔道師ではないが、とりあえずこれで変人王としての確固たる地位を手にした教師を、義徒は哀れみに満ちた視線で見下ろし心の中で謝った「疑ってごめんね先生」と。


「そっ、そういえば先生はなんでここに? 確か漫画は専門店で買っているって言ってましたよね?」


 なにげない問いに変人王は弾けるように飛び起き、その顔は歓喜に彩られている。


「ヌハハ、よくぞ聞いてくれた鷺澤義徒!」

「どんだけ聞いて欲しかったんですか……」


 周りの迷惑をかえりみない教師の姿に呆れる義徒を山下はさらに追い打つ。


「お前らの姿が見えたから、からかいにきた!」


 この時点をもって変人王は変人大王へと昇華され、愉快に叫ぶ横を義徒と朱美が素通りしていく。


 朱美は一緒に騒ぎたい様子だし、背後からは山下の呼び止める声が聞こえるがそんなのはおかまいなしに義徒は朱美の手を引いた。


 彼の器の総量を以ってしても山下が鬱陶しかったわけではない、どんなやかましいことにも義徒はだまって聞いてあげるタイプである。


 ただ今回は本屋の迷惑を考えて元凶を増長させる自分達の存在を自ら排除するべきだと考えただけだ。


 山下のノリならすぐに後ろから追いかけてきそうなものだが、幸い本屋の前をロベルト先生が通りかかり、彼が義徒達の代わりに犠牲になってくれた。


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