第2話 美少女精霊3人との同棲生活
カーテンの隙間から漏れる暖かな日の光を浴びて、半覚醒状態になった意識に優しい声がかかり、鷺澤義徒は上体を起こした。
「おはようございます、義徒君」
いつもと変わらない快晴の空のように晴れわたった笑顔で毎朝起こしてくれるシルフの少女ティアに感謝しつつ、義徒は目を擦りながらベッドを出ると視力補正の入っていない眼鏡を手に取る。
着替えてリビングへ行くとすでに一人分の温かい朝食が用意され、ティアがコーヒーを淹れている最中だった。
「いつも悪いな」
「いえ、義徒君のお世話はわたしの生きがいですから」
言って、コーヒーが置かれ終えたテーブルに義徒が着くと突然、小学生ほどの小さな少女がティアのメイド服の裾を引っ張った。
「ティアちゃん、朝のチョコレート頂戴」
可愛らしいピンク色のパジャマを着ている、茶色い髪と瞳を持ったショートカットの彼女の名はファム、見た目は見るもの全てを癒す、幼い可愛いらしさを纏っているものの、彼女もティア同様、四大精霊の一人、土のノームである。
ノームと言えば、普通は小さな老人を思い浮かべるが、それは博識なノーム達は頭脳面で使役することが多いのでより知識を持っている年を重ねた老人のノームと契約する召喚術師が多いためだ。
当然、ノームにも女の子はいるし、子供だっている。
ティアは鷺澤家の家事全般を担当しているが、ファムは見た目からは想像も出来ないほど回転の速い頭脳と情報処理能力を駆使して、鷺澤家に集約するデータ全てを統括している。
ファムの力があればノートパソコン一台で大国のメインコンピューターすらハッキングできるらしい。
知識の量では老人のノームに勝てないがこれはこれでノームの有効な活用方法と言える。
ティアから板チョコを受け取ったファムは無垢な笑みでほおばりながら義徒の膝の上にちょこんと座った。
「毎日毎日いろんな物食べて、人間は大変だね」
「そうでもないさ、食べるのは人間の楽しみの一つだからね」
大気中の霊力を吸って生きている精霊からすれば食べ物は味を楽しむ嗜好品に過ぎず、毎日食べたい物を食べたいときに食べたい分だけ食べればいいのだ。
だから精霊によっては毎日飲食を楽しむ者がいれば一切の飲食をしない者まで、まさに千差万別だ。
「食事に排泄、呼吸に睡眠、まったく、人間は肉体の維持に手間が掛かりすぎる」
涼やかな声を響かせて入室してきたのはティアの美しさやファムの可愛らしさなど吹き飛んでしまいそうな絶対美の持ち主で、それはもはや精霊を超えて女神すら思わせる。
流れる艶やかな青いロングヘアーに髪同様、海のように青い大きな瞳は見ただけで吸い込まれそうな印象を受ける。
男にも迫る長身に豊かな胸と対照的に引き締まったウエストのせいで形の良い胸がますます強調されて見える。
彫像のように落ち着いた顔を義徒に向ける彼女の名はアリア、四大精霊の一人、水のウンディーネがその正体である。
着飾らないジーンズに青い無地の服をきているだけで男全ての視線を集める存在感があるのだから、ファッション用にコーディネートすればどれほどの神威を誇るかわかったものではない。
それと、アリアの言ったことだが、食事をしない以上、精霊は基本的に排泄行為というものが無く、睡眠は霊力回復や節約の行為なのでよほど霊力を使わない限りは眠る必要はないし寝ている精霊がいれば大抵はただ怠けているだけだ。
ただし、例外として数百年間、鷺澤家で人間同様の生活をしてきたティア、ファム、アリアの三人は霊力の使用量に関係なく、あくまでも習慣として毎晩ベッドで寝ている。
「はは、だけどその面倒さも人間の良さだよ」
平和に笑いながらテレビの電源を入れると、秋南(あきな)市でここ数週間の間に連続している失踪事件のニュースが報道されている。
ただの失踪事件ならこの数年でいくらでも起こっているが、ここ数週間だけは中高生の失踪数が群を抜いて伸び続けていた。
義徒の高校でもすでに十人以上の生徒が行方不明になっており、学校の職員達が毎日夜は外に出ないよう呼びかけ、通学路を巡回し続けており、本当にご苦労なことである。
そして夜間の戒厳令もすでに義徒達にとっては慣れたものであった。
「また行方不明者か……警察も大変だなあ……」
「大変だなあではありません、いいですか義徒殿、貴方は今、この鷺澤家の当主代理、それどころか中学生の時から私達の正式なマスターでもあるのです。この事件が魔道関連ならばこれは秋南市の管理者(セカンドオーナー)たる貴方の責任、いや、名門鷺澤家の責任問題となります」
アリアの叱咤に顔をしかめる義徒だが、アリアはそんなのおかまいなしだ。
「どうやら、本日の勉学の時間には、当主としての心得も教える必要がありそうですね」
義徒の肩がビクッと飛び上がって席を立ち膝の上に乗っていたファムが床の上にころりと落ちた。
「じゃあ俺学校行って来るから……」
「義徒殿」
青ざめた顔で退室しようとする義徒の背中にアリアの冷たい言葉が突き刺さる。
「決して逃げないよう、お願いしますよ」
冷や汗を流しながら「ワカリマシタ」と言って義徒はリビングから脱出した。
後に残されたアリアは嘆息を漏らして気品に溢れる端整な顔を手で覆った。
「まったく、義人殿にも困ったものだ、あれで本当に当主を受け継げるのか……」
「そうですか? わたしは義徒君はきっと立派な当主になると思いますよ」
なんの疑いも無く言うティアにもアリアの視線が刺さる。
「しかし、人間を殺せない、人間に準ずる者でも殺した晩はふさぎこむ。その上死にそうになったり感情が爆発すると簡単に霊力の抑制がはずれる。そんな魔道師にソルジャーなど務まるわけが無いだろう」
ソルジャーが戦うのはなにも亡霊やモンスター、悪魔だけではない、魔道協会に背き、非合法な研究を重ね、人々に危害を加える異端の魔道師もその戦闘対象となるのだ。
鷺澤家は魔道師としての才能もさることながら、その冷静沈着かつ冷酷な頭脳で容赦なく敵を殲滅する、その功績が讃えられてきた面がある。
なのに、義徒はどこでどう間違ったのか、とにかく優し過ぎた。
誰に対しても優しく、物腰が柔らかく、精神面では戦士として不適格なのだ。
「でもそれが義徒ちゃんの良い所だよねー」
無邪気に笑うファムの声も、鷺澤家に対して人一倍忠義に厚いアリアを悩ませる原因の一つだが、アリアはそんな気配は微塵も見せず。
「そうだな」
と言ってファムを抱き上げて膝の上に乗せ虚空に呟いた。
「私とて、あの人の優しさは好きだが……それは……」
言葉が途切れ、どうかしたのかとティアが顔を覗き込むと、アリアは寂しげに顔を伏せて部屋を出て行った。
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