古代の絵
「現時点ではこれ以上の復元は無理でした」
データの一応の復元の終了を宣言すると若い男はノートを閉じ、さらに古いノートを大事なものをしまうためのカバンに詰め込んだ。
「これが遺跡の最後の一つとは思いたくないがな」
「もちろん重大な戦果ではありますが」
この遺跡に人類を名乗る生き物が何を残したのか。それを解明できないという不安が頭をもたげ出す。
「しかしこのノートの側にあるのは何かしら」
だがその不安は、あまりにもあっさりと断ち切られた。
本来ならば、ものすごく強固なはずの分厚い扉。
「脆いな」
だが時に敗れたのか、あるいは他の何かにより力を失ったのか、ひどく脆く、ただひとつ押しただけで大穴が開いた。
「ずいぶんと白いな」
その先にあったのは、ただ細い道。
それでも彼らからしてみればあっという間であり、股や胸の物を震わせながら、ただまっすぐに歩いた。
「ずいぶんと短いな」
「そうですね」
あっという間にたどり着いた先にあったのは、またもや別の扉。
すっかり眠ってしまった黒い顔。
ご飯をくれるのを待っていた顔が、じっとこっちを見ていた。
「押しましょうか」
これまでと違う、極めて新しく輝く扉。
「人類」が叡智を結集したはずの扉。
「開かないわ」
「でもこっちは弱くないか」
「……開いたな」
だがその扉を本来守るべき存在は、既に餓死していた。
食事を失った扉は亀の甲羅のようにその表皮に因ってのみ生きる存在となり、ゆえに中に巣食っていた電波と言う名の寄生虫が内部を蝕み、力を食い尽くしていた。
この扉をよみがえらせる事は、もはや不可能だった。
それでも甲羅の堅さ分だけの強固さはあったと思われたが、自然からの攻撃とは別に内部からの攻撃によって打撃を受けていた手足は、もはや壊死していた。
その壊死した手足を壊し、三人は進んだ。
「ん……」
最後の抵抗を跳ねのけた三人の前に映ったのは、なんとも奇妙な光景だった。
自分たちに酷似した人形が並び、そしてその全てが模様で覆われていた。
正面に立っていたのは肌色の人形には様々な模様が付けられ、頭部・上腕部・足首だけが無地になっている。
「不思議ですね」
「この人形は我々の使っているそれと同じだ。あるいはその上に模様を付けていたのだろうか」
年かさな男が代表するかのように、花の模様に触れた。
「ん?」
不思議な厚みを感じ手を引っ込め、そして腕の方に手を回した。
「これは!」
「これは?」
「どうやらこれはこの人形に合わせて作られたようだ」
人形に合わせて作られた物体。
まるで、人形の形を覆い隠すかのように作られた物体。
「不愉快だな」
「落ち着いて下さい、過去の物体に不愉快も愉快もないのですから」
「でもそれはその通りだけどね」
上官が不快を口にすると、二人とも続いた。
男も女も、魅力的な肢体を持つ人間がモテるのは当然の志向だった。
もちろん頭の中身が重い人間もだが、それであっても肉体を秘匿する事は臆病と言われるに値する行為であり、三人とも肉体を秘匿しないように透明な道具ばかり持っていた。
「おそらくこの先住民にとっては、それが必須の文化であったと思われます」
「必須文化だと」
「これを身に付けぬ者は仲間とされないと」
「真逆ね、本当に」
「それからこのノートによると……」
男子がノートを開くと、その布の模様に酷似した絵図面が並んでいた。
「これは!」
「間違いなく、古代模様と思われます」
世紀の大発見のはずだったのに、感動はなかった。
「って言うかこれ厚みあるから空気当たらないよね。いつも柔肌に夏の日差しを感じるのが気持ちいいのに」
「僕は雪が当たる感触の方が好きですけどね」
その体に当たる風を楽しむのも娯楽の一つだった。どこに当たる風が一番快楽喉が大きいか、それを研究する学問もあったほどだ。
「これによってわざわざ風から逃げるのか、ああ情けない……」
それを味わう気もないような存在を、尊敬できる理由もなかった。
「とりあえず先住民はこの模様を身にまとい、雨風から身を守っていたと言うのがキミの見識か」
「一応はですね。ですがあくまでも僕の見識です。しかし見た所、この布は極めて薄く、とても身を守るには値しないように思います」
アルファベットの文字に似た布を触った男子がため息を吐きながら目線を逸らし、並んでいる同種の物体に触れて行く。
その度にノートを開き、データを確認して照合していく。模様が似た物については上書きし、そうでない存在についてはまた新たに記入していく。
様々な色の、様々な模様、そして様々な厚み。
そのデータが記入されて行く。
「しかしなぜこのような物をわざわざ」
「あるいは最重要だというのは嘘なのかもしれんがな」
そして小一時間経過し調査がひと段落するとともに、三人とも再び力が抜けた。
正直、何のためにここまで重大に隠ぺいしたのか、皆目わからない。
————————――先住民の、あまりにも気弱な風習。
このような紋様の力も借りねば他人を落とす事もできない。
このような装束をまとわねば雨風に負けてしまう。
どこまでも脆弱な生き物だったというのか。
「これで人間を名乗っていたのでしょうか」
男二人の声が上ずり、女子も歯ぎしりした。
これまでで自分たちを差し置いて「人間」を名乗る存在がこの地にいた事は既に分かっている。
「ちょっとこれを見てください」
そしてむき出しの胸を揺らしながら女子が見つけた、部屋の隅っこの影にあったひとつの生き物の絵。
間違いなく、「人類」と言うタイトルの付いた絵。
自分たちと同じ姿の絵。
「黒くまだら模様の文様を持ち、中心部にV字型の白い切れ込み、中央に真っ赤な線。そして下半身には上半身のそれと同じ模様」
「さらに足の部分もまた純粋な黒で覆われている。しかも足首もまた白く染まっている」
「それでこっちはピンク色の模様だけどほとんど同じよ」
その絵に描かれた「人類」は人形と同じように顔と手と足の一部以外を秘匿している。
「その下の文字は読めるか」
男子は自前の棒を揺らしながら、文字へと接近していく。
「人類を名乗る生き物により占拠されたこの地球の、新たなる支配者よ。
これこそ人類の本来の姿である。
我々が折り目正しく生きて来た証明こそこの装束であり、それを身にまとっていた事を証明する存在はこの部屋中に散りばめておいた。
この絵の下にどうしていたかは他の人形を見ればわかるであろう。どうか蛮族を成敗し、この大地に平和なる秩序を」
これまでの一時間で調べて来た、布の類。
胸と胴を覆うアルファベット型の二種類。
胴の下から足首までを覆う筒状の物体。
足から足首までを覆うためらしい布。
女性用とおぼしき胸部を覆う薄い布。
男女どちらのそれとも思われる性器を秘匿するための布。
「不必要だな」
その全てに対し、三人とも同じ感想を抱かずにはいられなかった。
彼らの体には、傷と言う物はひとつもない。
幾多の木の枝をくぐり、虫や獣に襲われ、-70℃の寒気や50℃の熱風に当てられようとも、わずかに呼吸を乱す程度で済む。
「でもかつての「人類」がいかに脆弱だったかって終わらせていいんですか」
「そんな訳はないだろ」
「それでこれどれだけ持って帰りますか」
「報告だけでいいよ。それよりAC元年の研究についての資料を集めないと」
三人はノートに遺跡にて集めた資料を書き込み、さらなる研究を進めるべく、再び遺跡を巡る事とした。
確実なことはただ一つ。
この日の24時をもって、AfterCloth500年の1月1日が終わった事だけである。
AC500年 @wizard-T
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