いつか、風に消える

「私の事なんか、忘れてしまうわよ。きっと、楽しい事に溺れて、悲しみなんか、どこかに消えていくのよ」

 痩せ細った手で、私の手を握りながら、彼女は白いベッドの上でそう呟いた。

 瞳の奥には、背後に迫る終わりを覚悟した強さが宿っていた。

「そんなこと言っても……絶対に……忘れる事なんて、できるわ……け……」

 全てを言い終える前に、私の目の前が水の中に潜った時のように歪んで、少ししたら戻り、そして、また歪んだ。

「バカだね、そんなことをずっと思っていたら、貴方の心が壊れてしまうわよ……だから、忘れて……お願いよ。お願い……」

「忘れない……だって……こんなに……由利に触れて、悲しんで、笑い合った日々があるから、忘れられない。だから、私はアナタとの思い出に溺れるわよ、きっと。だって、それが楽しい事だもの」

 バカね、本当にバカ。

 由利はそう言って、力一杯、震える腕で私を抱きしめた。

 か弱く、いつでも振りほどけそうな弱さの抱擁の中で、私は忘れない、忘れないと何度も呟きながら、彼女の胸の中で子供のように泣くことしか出来なかった。


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