桜と空
高校の卒業式の日。
校門近くの桜に付いている淡い色を抱いた花弁が、必死になって枝にしがみつているのを見て、卒業を名残惜しむかのように泣いていたクラスメイト達を思い出した。
ベタな展開に泣く子も沢山いたけれど、私は泣かなかった。
というよりも、泣けなかった。
明後日から私は大学近くのマンションに住むことになっているが、その事を考えるだけで頭が重くなってしまうからだ。
1人暮らしが不安だからではない。
むしろ、1人暮らしがしたかった。
そう、私はマンションに1人では住まない。
ルームシェアをする人間がいるのだ。
「サラちゅわぁ~ん!」
来た。
そのシェアをする人間である、アヤが。
制服のスカートをバタバタとさせながら走ってきた彼女は、いきなり私に抱きついた。
「お前さ、もっとこう悲しみとか無いの?皆と離れて寂しいとかさ」
「ないない~!皆とはいつでも会えるもん」
「なんでそんなことが言い切れるんだよ」
「……女の勘、かな」
卒業証書の入った筒で頭を殴ると、アヤはおどけた顔をした。
なんでこんなアホと同じ場所に住もうと思ったんだろうか。
何かを間違えたのだろうか。
顔を、親愛を表す猫のように擦りつけてくるアヤの顔を片手で押さえ、空いた手で口の端を掴んで真ん中に寄せておちょぼ口に変えてやる。
「とにかく、そんなに引っ付くなよ」
「らっふぇ~」
口にある手を離してやると、歯を見せて笑いかけてくる。
「だってさ、サラと一緒に住めるんだから、もう楽しくって仕方ないよ」
「はいはい」
「あれ?サラは楽しくないの?」
「アヤみたいな無軌道な子と毎日いるとなると、疲れそうだよ」
「まあまあ、いいじゃないの。でさ、ルームシェアするなら、色々シェアする物決めないとね」
「確かにね。例えば?」
「ベッドとか」
「バカか」
「だってさ、毎日一緒に寝られたら楽しいよ~」
「寝つけない、絶対に寝つけない!」
「大丈夫だってば」
「また女の勘とか言うつもり?」
「ううん」
フッと彼女が笑う。
「だってさ、サラが寝るまで、私がキスしてあげるもの」
『えっ』という驚きの声を上げる前に、アヤの唇が私に触れた。
弄ばれているとか、何考えているんだとか、そういうことは、全部この瞬間に溶けてしまって、代わりに彼女の言った言葉が、口から入りこんでくる。
『大丈夫だよ』
キスをし終えて、悪戯っぽく笑うアヤを見て、なんだか本当に大丈夫に思えてきたから不思議だった。
「さ、行こうよ」
アヤの差しだしてきた手を握ると、優しく、包み込むように握り返してくれた。
「うん、行こう」
2人で歩き出した瞬間に、桜の枝から二枚の花弁が枝から離れ、風で舞い上がり、空に溶けていった。
私は空に向かってぽつりと『大丈夫だよ』と呟いて、彼女の手を強く握った。
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