その唇の先は

「夏菜……別のこと考えてたでしょ」

 流石に1年間毎日キスをしているとなると、いくら鈍い娘でも勘が鋭くなるのだろう。

 そう、私は唇が触れた瞬間から、浮気をしていたのだ。

 現実の相手は目の前にいる綾奈だったけれど、目を閉じて思い浮かべた相手が違う。

「そんなわけないじゃん」

「夏菜って嘘が下手。だってさ、気持ちがこもってないもん」

「いや……そんなこと」

「だったら、キスしたのになんで残念そうな顔してるの?」

「それは……」

 その理由を言えるわけが無い。

 別の人のことを考えてキスをしていました、なんて失礼だ。

 わかっている。

 だけど私はその誘惑に負けてしまった。でも、仕方が無いのだ。

 瞼の裏にいる相手とのキスは、物理的にできないのだから。

 少しウエーブのかかった長い髪と、小さな鼻にのった大きなメガネと、そこに写る大きな瞳。制服の袖で親指まで隠れてしまって、動く度に小鳥がバタバタと羽を動かす様を思い出させた。

 私は2年前の入学式で見た、その子とキスがしたかった。

 だけど、もう叶わない。

 あの子は……もう……。




 変わってしまったのだから。

 目の前にいる、少しウエーブのかかったセミロングの綾奈の頭に手を置く。

「いやぁ、どうやって綾奈を押し倒そうか考えてて」

そう言うと、彼女はその小さな顔をみるみる真っ赤に染めた。

「ばばばばばば、ばっかじゃないの!」

 彼女は鼻の付け根を中指で触りながら、こちらに文句を言ってくる。これが彼女の癖だった。本来なら中指の先にメガネがあるのだが「キスする時に邪魔だから」という理由でコンタクトに変えたので、中指で鼻の付け根を触っているようにしか見えない。メガネをかけなくなってから3か月経つが、メガネをかけていた時の癖が抜けていないのだろう。

 今の彼女もかわいい。だけど、過去の彼女とも私はキスをしたいのだ。

「はいはい、バカですよ」

 不意打ちのキスをする。このキスは今の彼女とのキスだ。

「……ズルい」

 彼女はそう呟いて、私をギュッと抱き締めた。


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