どこかで

 冬になると、全てが冷えてしまうから嫌だ。

 寝る前のお布団に、起きた時の部屋、そして、どうしても着なければいけない衣服。

 全部が冷えていて、早く春が来ないかと毎日思う。

 または、人間も冬眠すればいいのに……なんて、本気で思ってしまう。

 それでも、冬が嫌いだと言えない理由がある。

 家から出て、駅に行くと、そこに『理由』がある。


「おはよ」


 単語帳を見ていたユキが顔を上げると、その場がパッと明るくなった気がした。


「おはよう、サナ」

 鼻の頭を少し赤くしながら、彼女は少し首を傾けて微笑む。

 愛くるしい瞳でこちらを見てくるせいで、私は少し立ちくらみがする。

 少しふらつくと、ユキが体を支えてくれた。

「大丈夫?」

「うん、大丈夫だよ。少しフラッとしただけ」

『なんでそうなったのか』は言えない。

 かわいすぎる彼女の微笑みがこちらに向けられたから、なんて、言えない。

 恥ずかしすぎて。

「ごめんね。昨日の電話のせいで、あんまり眠れなかった?」

 こちらを見る目も、迷惑をかけてごめんと言っている様な気がする。

「大丈夫、あの後ちゃんと寝たから」

 これは、嘘だ。

 彼女との電話の後、一人で会話の内容を思い出してニヤニヤしていたら1時間経っていたなんて、口が裂けても言えない。

「そう?なら、いいんだけど……」

 そう言って、彼女は私の左手を握る。

 最初は冷たさで何も感じないけれど、重なっている掌に少しずつ少しずつ熱がこもっていく。

 その温かさを感じながら、視線を交わす。

『温かいね』

『うん』

 言葉を交わさずとも、そういう会話が出来ている気がした。

 手から伝わる熱を感じながら、このまま学校に着かないでほしい、出来る事ならこのまま……どこかに行きたい。

 ここではない、どこかへ。

 自分の胸から溢れ出る感情を抑えながら、笑う。

 彼女が笑い返す。

『私もよ』

 何故か、そう言っている気がして、私は彼女の手を少し強く握った。


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