ケモノミミと獣
彼女がケモノ耳を付けたら、私が獣になりそうだった。
それはただの戯れだったのだ。
雑貨屋に売っていた猫耳の付いたカチューシャ。
値段は財布に優しすぎるぐらいの値段で、何も考えずに買った。
家に帰り袋から出した時に、やっと我に返り、物を見つめながら「なんで買ったのだろう」と呟いた。
かわいいと言えばかわいい物ではあったが、多分これは自分には似合わない。
鏡の前で付けて見ると、案の定似合わなかった。
どこか媚びた印象を持ってしまうその猫耳は、人を選んでしまうのだ。
私はただ、選ばれなかった人間でしかない。
俗にいう『萌え』なんて物とは無縁な所にいる。
化粧っ気の無い顔に、あまり気を使っていない髪の毛。
男に生まれた方が良いとさえ思う時がある。だけど、男だったら、彼女には会えなかっただろう。
伊藤萌香。
私の彼女だ。
告白をしてくれたのが、あちら。
でも、先に惚れたのは私の方だった。
視線を合わせ、叶わぬ恋だと思い続けてきた日々が、彼女の『好き』の一言で報われた。
それから私達は、幾度も唇を重ねた。しかし、二人ともそれより後のことを出来ないでいた。
どうするのかもわからなければ、どうやって切り出していいのかもわからない。
それに、嫌われるのが怖い。
それをしてしまったことによる、嫌悪感が出てしまったら、私達はどうすればいいのだ。
男女でも相性が悪ければ別れることがあり得るのだ。
だけど、でも……どうすればいいのだろう。
悶々と悩んでいると、萌香からメールが来た。
メールフォルダを呼び出し、中身を確認する。
どうやら、暇だから家に遊びに来たいという事だった。
断る理由も無い私は、それに対していつものように『待ってる』とだけ書いた絵文字の無いメールを送った。
萌香は家に来るなり、大笑いしだした。
「何がおかしいの?」
「だって、利香ちゃん……猫の耳が……あはは!」
どうやら、猫耳を付けたままにしていたらしい。
ギャップが笑えたのか、萌香はずっと笑っていた。
部屋の中に入ってからは、私の使っているベッドに寝転がって、お腹を抱えて笑っていた。
「そんなにおかしい?」
目に涙を溜めながら、荒く息をする彼女にちょっとムスッとした顔でそう言うと、軽くキスをしてきた。
「おかしくないよ、かわいい。でも、ギャップがあってさ」
「はいはい、私はどうせ似合わないですよ」
「言ってないじゃん。かわいいよって、言ったじゃん」
「はいはい、ウソウソ。そんなこと言う萌香が付ければさぞお似合いでしょうよ」
カチューシャを外して、萌香の頭に付ける。
そこには、違和感のない完璧な猫耳娘がいた。
今まで生きてきた時間の中で、世の中にこんな風に調和する物があるとは思わなかった。どこにも違和感など無い。まるで、生まれた時から猫耳を付けていたかのような、その美しさ。
私の中でムラムラと湧き上がる感情が、抑えきれない。
鼻からぬるりとしたモノが出てくるのがわかる。微かに口の中に広がる鉄の味。
それが鼻血だとわかっていたが、目の前にいる萌香を押し倒さずにはいられなかった。
「萌香あああああああああ!」
そう言って覆いかぶさる。
「にゃっ……にゃあああああああ」
叫び声を猫の鳴き声に変えた萌香が、私の顔を抑える。
「ダメッ、落ち着いて、利香ちゃん!」
「無理!」
「怖い!今の利香ちゃん怖いよ」
脅えている萌香を見て、我に返り、獣になった自分を恥じた。
「ごめんね、萌香……あまりに似合ってたから……」
「ぶー……怖いよ。利香ちゃん」
「ごめん、ほんと、もうしないから許して」
「えっ……もう、しないの?」
「えっ?」
「猫耳を付けてない私だったら……って、無し!今の無し!」
その言葉を聞いて、私は後ろにぶっ倒れる。
喉に鼻血が降りてくる。
しかも、先程よりも多い量で。
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