君果て番外編 冬至! モフェアリーVSシスター・リデル
蘭野 裕
冬至! モフェアリー VS シスター・リデル
「モローさん大変です! 厨房のカボチャの中から変な動物が。これは魔力絡みの事件に違いないわ」
栗色の巻毛を弾ませて、銀狼亭のメイド服姿のエレンが駆け込んできた。なぜ魔力絡みだと思ったのか今のところ謎だ。
「エレン、もちろん力を貸すけど……あれ、ここは魔人相談所じゃないんだ?! 僕たちはいまどこにいるんだろう?」
相談所に出勤したはずが、何故か見知らぬ場所にいる。濃い霧がかかって周りの景色も分からない。
霧の中から銀髪の若い修道尼が姿を現した。
「その声はモローさん、どうなさったの? ここは男子禁制の尼僧院……ではないようですわね……」
僕の想い人ローラに目許がよくにている。僕とローラのせいで俗世を離れねばならなくなった、ローラの妹。
具体的には、かつて僕が死亡した時ローラが禁忌の術を用いて蘇らせたのだ。
「リデルさん(さま)!」
エレンと僕は同時に声を上げた。
頼りになりそうな人が来た嬉しさと、それなのに誰も事態を把握できていない心細さ。
「この子たちが来てから、訳の分からないことばっかり。この子たちのせいじゃないかもしれないけど……。一体何でしょう、この動物は」
エレンは半分ずつに切られたカボチャごと、その空洞の中にいる小動物の群れをリデル様に見せた。
「まあ可哀想。みんな傷だらけですわ。それも、カボチャを切った時に巻き込まれたというより他に原因がありそうで不可解です。
それにしても何でしょうね。ネズミともヤマネとも違うようですし……。まずは手当てしましょう」
リデル様が厳かに、かつ朗々と祈りの言葉を唱える。その横顔の美しさ。柔らかな光が降り注ぎ、流れるような銀髪を照らして小動物の身体を包んだ。
そして……五体満足な姿に戻ってもやはり未知の生物だった。
しかし大きな違いがある。小さな体に、それを上回るほどふっくらと丸い綿菓子のようなしっぽ。
小さな頭に仔ウサギの耳のような可愛いものが二つ並ぶ。露のような何かが先端についている。
可憐な鼻と口、その両側に、パッチリとして澄みきった綺麗なものがウルウルしている。
ほとんど全身真っ白だが、頭の毛色はさまざま。……と思ったが、頭は毛ではなくゼリー状の物質に覆われている。
そんな生物が、一匹また一匹とカボチャから取り出され魔法で治療されてゆく。
動けるようになった者からリデル様の膝の上で嬉しそうに転がったり、おなかや腕をよじ登ろうとしたりする。時折、ぴぃと鳴く。
おなかを登っていたやつが、おっぱいのすぐ下で転げてまた膝の上に落ちた。
見た目可愛いけど、なんか腹立つな。
「懐かれていらっしゃるのね。いいなぁ」
とエレンは嘆息した。
独り言なのに敬語を使うのは、リデル様が元王女だからというのもあるが、敬虔さゆえだろう。
僕の場合は、ローラに一番近い女性がリデル様だから。ローラには、「様」をつけないでと言われた思い出がある。
「これはモフェアリーと言う別世界の生物じゃよ」
僕の勤め先に付属している研究室の、室長にあたる老魔術師だ。
「まあ。別世界から来たなんて、不思議なこともあるものですわね! お目目がパッチリとして、なんて愛らしいのでしょう」
「ああ、それはのう……。水分を排出する器官じゃ。汗も涙もそこから出る」
「えっ」
……じゃあ、目はどこにあるんだ?
一同の疑問を察したのか、それとも初めからその順番で話すつもりだったのか。老魔術師は話を続けた。
「目は、頭に生えた触覚の先にあるんじゃよ」
「へぇ、蝸牛みたいっすね」
「えぇ……」
僕の何気ない一言に、リデル様の穏やかな笑みが引き攣った。この人は蝸牛が苦手か。僕は慌てて取り繕う。
「あの、でも、違う種族ですもんね。モフ……モフェアリーとかいう」
「ぴぃ」
「ぴ〜ぃ」
異変を察知した小動物たちは、リデル様の膝の上のも、腕や脇腹にくっついているのもみんな、甘えるように鳴きながらプリプリしっぽを動かし始めた。さっきまでのんびり横になっていた者まで仲間たちと同じように服の布地に縋りついて、そうしている。
しっぽがキラキラしているのも2匹いる。
嫌われないように可愛さをアピールしているのだろうか。逆効果でなければいいが。
リデル様は固まっている。僕はその膝から2匹引き離した。エレンに渡そうかと思いついたが、もはや望んでいないかもしれないのでやめた。
「ぴいいー!」
急に、一匹が鋭く鳴いて残りのみんなはその場で静かになった。リデル様に服越しに掴まったまま、よく見るとふるえている。
「ねえちゃん、こないだはひどい目に合わせてくれたじゃねえか」
霧に紛れて地面から声がする。そこにいるのは一体の亡者だ。
モフェアリーとやらはこれの接近にいち早く気づいたのだ。
「あなたは! 兄と一緒に倒したばかりなのに……」
もしかして、僕が山賊に遭ったあの山小屋にいた亡者か。
「オレが夜の散歩をしてたら、お前らが邪魔しやがったのさ。それまで庭も屋敷も放ったらかしたくせによぉ。しかし、今日はずいぶん弱気だな。兄貴がいねえとそんなもんか。それとも、もしかして膝の上の可愛い〜い動物が、本当は怖いってのかい?」
「お黙りなさい!」
修道服を翻し、強烈な蹴りが炸裂した。
亡者の態度が一変、命乞い……というのだろうか、これは。
「許してくれよ! 仕返しなんて考えてなかった! オレだって……小動物をモフりたいだけなのに……!」
僕は亡者を信用したわけではない。しかし認めたくないが同類ではある。気の毒になって一匹近づけてみる。その個体は亡者にしっぽを撫でられて満更でもなさそうだ。
が、亡者は小動物を僕の手から毟り取った。
「うへへ、食べちゃいたいほど可愛いとはこの事よ! いただきま……」
リデル様が再び動いた。至近距離からの魔力弾により亡者は爆発四散。モフェアリーたちは余波で吹き飛ばされもせず、無事である。
あなたが甘い顔するから、と言いたげに僕の持っていた2匹を回収した。
「助太刀が要るかと思ったら、お前、会えない間に強くなったなぁ!」
「お兄様!」
「ラケル様」
金髪を靡かせて、リデル様の双子の兄ラケル氏が現れた。
兄妹は抱きしめあって再会を喜ぶ。
「俺たちはどうなってるんだ? 訳も分からんがお前が元気そうで何よりだ。蝸牛も平気になったみたいだな」
似たところがあるだけの別種の生物とはいえ、僕が避けていた単語をさらりと。
「違うのか? 殻に毛の生えた新種の蝸牛かと思ったよ。ほら、目玉が触覚の先にあるだろう」
「お兄様のバカ!!
平気じゃないです!!!」
ラケル様はリデル様にくっついたモフェアリーたちを取り除いた。両手が一杯になると老魔術師とエレンが受け取りに来た。
「妬けちゃうわね。家族愛ってやつ」
皮肉めいた口調ではあるが、僕がいちばん聞きたかった声。
ローラだ!
僕の恋する人。僕を生き返らせた魔女。記憶のほとんどを失ってなお残る面影。
「この仮初の空間を作ったのは私よ。
別の世界の彼方から、聞こえてきたの。ちいさくてかわいい生き物の助けを求める声が。密猟者に襲われてひどく怪我をしていたのよ。それで私って、転移魔法が得意でしょ。だから、エイヤッ……って連れて来て、この子たちを治せそうな人に引き合わせたの」
「銀狼亭のカボチャの中にですか」
やや迷惑そうなエレン。
「ざっくり言えばそういうことね。ここは私の魔力で作った仮初の空間だから。遠方の妹よりもさらに遠い別世界から生き物を運ぶには、乗り物が必要だったわけ」
今ひとつ理解が追いつかないが、ローラの声が心地よい。
「こいつプニプニしてるくせに強情だなぁ。引っ張ったら千切れそうで力が入らねえ」
ラケル氏が、リデル様の襟首に陣取ったモフェアリーに苦戦している。
そこにローラが声をかけた。弟妹ではなく小動物のほうに。
「そうなの、このお姉ちゃんがいいの。
でもね、このお姉ちゃんはあんたを苦手なの。聞き分けないと本当に嫌われちゃうよ。こっちにおいで」
小動物がローラの手の中に移動した。
「お姉さま、そのような言い方はちょっと……」
「何よ。助かったと思っているくせに。
あんたのそういうところ嫌いだわ」
言葉と裏腹にローラはどこか楽しそうだ。
「リデル、そんなんでよくラケルとお忍びで冒険なんて出来たわねぇ」
「蝸牛は苦手ですが怖くはありません!モンスターは倒せますが、コラボ先のマスコットを傷つけるわけにはいかないでしょう」
「……私が悪かったわ。メタな話はほどほどにね」
「傷が治ったら長居は無用ね。まずはこの子たちから元の世界に戻しましょう。それからしばらくすれば、この空間は消えてみんな元の場所に戻るわ」
「ふむ、研究用に一つがい欲しかったが、そういうわけにもいかんじゃろうのう」
モフェアリーたちはカボチャの盆の上に集められた。
「しっぽが治ったから、もうカボチャの中に収まらないわ。これを刈り取られていたのね」
「収まらなくてもいいの。元の世界に戻すほうが簡単だから、同じお盆に載せるだけで大丈夫」
「待ってお姉様! 服の袖の中に……!」
まだリデル様のところに2匹いたのをラケル氏が摘み出してローラに渡した。
終わるまで誰もカボチャをのせた盆に触れないこと、と念を押してローラは呪文を唱えた。
詠唱が終わり、強い光が点って消えた。
盆にはカボチャだけが残る。
エレンがその盆を抱えた。
双子の兄妹がエレンと世間話をしている。
もうすぐこの空間も消える。
「ぴぃ」
僕はふざけたフリをしてローラの肩に顔を埋めた。
「でも、なんでカボチャなのかしら」
不意にエレンの声が聞こえて、ローラたちが答えた。
「そこまでは私が決められないのよ。あの子たちの経由した世界でハロウィンだったからかしら。きっとそれで私たちのこの世界にくるとき、ハロウィンに縁のあるカボチャが選ばれたのね」
「その50日ほど後の、冬至かもしれんのう」
「私が尼僧院に入ったのはついこの間ですのに、年に一度のハロウィンがまた巡ってきたとは……。随分と時の流れが早い世界もあるのですね」
「こっちは夏だもんな」
「店長に何て言えばいいのかしら」
「まあ、なんとかするさ」
ふと見ると、床に毛玉の塊が落ちていた。白いハート形で愛らしい。
ローラはそれを拾った。
「ふふ、あの子たちの忘れ物ね。久しぶりに妹たちに会えたしるしに持って帰りましょう」
視界がぼやけ始めた。
この仮初の空間が消える。
「僕のしるしではないんだ……?」
ローラとまた離れ離れになると思うと、言わずにいられなかった。
「あなたには必要ないわ。妹にはこんな時しか会えないけど、あなたには……」
声は途切れてしまったが、ローラの瞳には僕だけが映っていた。
僕は魔人相談所の自分の席にいた。周りの人たちも僕が突然出てきたとは思っていない。まるであの空間のことが嘘だったように、きれいに元の日常が再開した。
「おはよう、モローくん」
「おはようございます」
また会おう、ローラ。
(了)
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