第15話 堤道(サクベ)と仮面飾り

「ままま待っておにーさん、その人は悪くないんだ」

 ぐすぐすと鼻をすすりあげる、八歳の弟。

 カーンが指さして、

「チタムが、あんたの弟に、つくってあげたのよ」

 見ると、ゴザの上に、水でできた鳥やアルマジロ。

 周囲を闊歩している本物そっくりで、今にも動きだしそうだが、固まっているのと、透きとおっているところだけが違う。

 バーツは、いの形に口が固まる。

 こんな造形、やれるのか?!

「すんごい喜んで、はしゃいでくれたのはよかったんだけどよー」

 チタムが頭をかく。

 ポポルが、嬉しそうにコンゴウインコを抱っこしようとした瞬間、ばしゃっと崩れたそうだ。

「そ、そーか。そりゃあ発作的に泣くでござるな、びっくり、混乱したでござるな」

 バーツは、まだ鼻をぐずぐずさせている弟の頭を何度も撫で、眉を下げて、膝にやわらかな仔ペッカリーを抱っこさせ、肩に温かなオウムを止まらせてやった。

 弟ポポルが少し羽毛のにおいを嗅いで頬ずりして、うん、とうなずく。

「おわびにハグアル、ワニ、ククウルカン、ブブクカキシュ」

 チタムは次々に、窓の外に出した片手から、華麗な立体の置物を生み出し、室内に並べる。

 ポポルはうわあっと目を輝かせた。

「すげー、すげー、すごいよにーちゃん、にーちゃんの僚友は立派だし、水使いもすごい人だねー! チタム、大好きだ! 僕も、大きくなったら鷲団に入る!」

「こ、このチタムが、立派でござるか」

 うん、あのね、と、弟は、さっきの騒ぎの際のチタムの勇気を報告した。

「カーンをかばって、自分は犠牲になろうとして、偉いよね! 仲間想いで、信頼できる友達ってやつだね!」

「本当に本当にチタムは、お前、ポポルだと知らないで、そのような振る舞いをしたのでござるか?」

「うん!!」

 バーツは、しばし、黙った。

 また白紙の書物に記すことが増えたと困る。

 あとでよくよく検討しよう。

 でも、とりあえず今は?

 今は、自分はどう思っている?

 チタムが、バーツを見てから、チタムに向かって手を伸ばし、そこに、まだ作っていなかった獣、吼え猿を作った。

 バーツのぐっしょりと濡れて不快に肌に張り付いていた衣服が、乾いてさらさらになった。

 外の雨音は激しいが、他の世界から遮断して守ってくれるベールでもある。

 小屋の中は、寝るためだけの狭さだったが、心地よかった。

 みんな、バーツから獣や鳥をそれそれに一羽か一匹ずつ抱かされて、撫でたりしながら車座に座った。

 小屋の主の二人が豆や練り粉のおやつを取り出して分けあって食べ、雨が止むまで、とりとめのないお喋りや、屋内でできる遊びをひとしきり、さいころ遊びやなぞなぞ遊びと、楽しんだ。

「あったかいな」

 と、ジャガイモが照れながら言った。

「あったかいでござるなー」

「あったかいなー」

 バーツとチタムも、温かい気持ちがなんともいえず、照れ笑った。

 カーンも弟のポポルも笑顔。カーンがちょっと意地悪に笑って、

「吾存知せり、じゃなかったの?」

「う、うるさいでござる」

 冗談にしたが、バーツは実は、複雑だった。

 雨が上がると、戸外では、うってかわって強い太陽が泥水を蒸発させだし、かげろうがゆらぐ中、バーツは弟を夜までに送り届けに、出発した。

 チタムは、皆がひきあげた小屋の食器やゴザを片づけながら、気がつくと鼻歌。

 どこかで見た顔と感じたのも道理。

 焦ったが、ポポルは似ていたのだった。

 こうして温かい気持ちに包まれて、おだやかにしていると、チタムは想う。

 やっぱり一緒に居るのとか仕えるの無理だ、神聖王とは、ぴりぴりしすぎる。緊張感が、耐えられない。リラックスしていたい。今みたいに……



「でさ、おにーさん、ボクが来ちゃったこと、怒んないの?」

 子供の足では、時間がかかる。

 バーツは弟をおんぶしてぐんぐん山道を降りていく。

 茜色の光に染まり初めている背中で、兄の返事を聞いて、弟の顔は柔らかな笑みを帯びた。

「動物たちに会いたくて来ちゃったのでござろ? 吾も悪かったでござる。それよりも、一人で来たら危ないでござる」

「あーそれはね。ブルク将軍に」

「ったく、あのオトボケ不良将軍め。来るときに人の弟を連れてきてたなら一言、職場の報告連絡相談ホウレンソウってものを知らぬでござるか!」

 まあ、お礼はあとで言っておこう、と続けようとして、バーツは、眉がつり上がる。

「野郎!! 何をしているでござる!!」

 山を降り、既に都の丘を登り始めていた。

 そこには通常の道の他に、祝祭用の特別の道路が通されている。

 人の背丈より高く、突き固めた土と石で築かれ、真っ白な漆喰葺きの、麗々しい堤道サクベ

「晴れの日に御輿と行列するためだけの神聖路を、走るでない!! 罰当たりどもめ!!」

 行きあえば国民の誰もが、バーツと同じ反応をする。青ざめて非難し、降りさせる。

「この許可証を見よ!! 特別火急の使者である!!」

 都を発したばかり。

 すぐさま夕映えの中に走り去る使者の男たちだった。

 サクベは直線的に、国の方々へ巡らされている。

 後ろ姿を見送ったバーツは、

「女摂政が許したぁ?! どこまで破天荒なのでござるか、あのお方は!!」

 いったい都でどんなことが起これば、日常の日に民をサクベへ上げる!

 許可もないのにバーツも、禁忌のサクベによじ上った。

 とたんに足がぶるっと震え、クラリとめまいがしたが、怯えに打ち克って、サクベの上を走り出す。

 弟を背負ったまま、全力疾走。丘を登る。都へ入る。

 何かが起こっているのだとカンが告げていた。

 都の中心、大路の交差する広小路、つまり神域の中がサクベの起点だった。

 その手前で、見て!と弟が、バーツに指さして見せた。

 ぴりぴりした顔で、こちらへ向かってくる将軍たち。

 二十人を越す将軍たちが、皆、仮面飾りを手に提げている。

 訓練場からわざわざ呼び出されたか、なんとアカバ総団長将軍、ブルク将軍までいる。

 各家の紋章動物神の仮面飾りが登場するとは、と、バーツは顎に滴った汗を拭った。

 これが何の支度なのか、知っている。

「各家相伝の宝冠飾ほうかんしょくを取っての決意の表明、しかとお見受けしました」

 よくとおる低めの女の声に、振り向き直すと、女摂政。

 バーツはこのお方まで登場なのか?!と、慌ててサクベから飛び降り、平伏した。

 心臓が大きくドキッドキッと打っている。大変な場面に居合わせている、と思う故の動悸だ。

 将軍たちの重々しいうなずきをうけて、女摂政も、召使いたちに運ばせてきた大きくがっしりとした宝箱から仮面を取り出す。

 黄金色の夕陽にいっそうキラキラ輝く深緑の長い長い尾羽根。

 神鳥ケツァル鳥の羽根や、翡翠や、真っ赤なウミギクガイなどをふんだんに使った、王者の仮面飾り。

 神面宝冠とも云う。

 さすがの女摂政ハーナルすら、張りつめた顔。

 当然だ。

 バーツはその持つ意味にほとんど卒倒しそうになり、もちろん将軍たちからは長く長く重たいどよめきがたった。

「おにーさん、どういうこと?」

 子供を怯えさせていいのか、一瞬迷った。

「戦でござる……合戦。ああ、金星の戦……でござるのか……」

 顔面を手のひらへと突っ込む。

 瞼にカクパスと夜道と月光。

 そしてあの指の先。



 金星。






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この物語はフィクションであり、実在の団体・個人・事件とは一切関係ありません

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