第5話 恐怖の射程距離

 防塁に囲まれた都を出て、丘の道を下りきらず、中腹から後背の山へ入って上っていき、一時間たらず。

 案内がなければ、こんな施設があるとは思うまい。

 湿った土の匂いのする登り道の途中には、農民の家がぽつぽつとだけ見えていた。

 都の漆喰塗りとは正反対。丸木の柱に竹の壁、屋根は葉や芦、床は泥で葺いた簡素な家を建て、狭い畑を耕しての、里暮らし。

 密林の斜面に、木こりの小屋も、炭焼きの煙も見かけた。

 緑の葉や樹液の香りが深く、樹冠が高くなり、道は狭まり、陽も差し込まず、ときおりガサッと歯群が騒ぐのは、蝙蝠や鼻熊、そしてなんといっても鳥。

 勾配のきつくなった頃たどり着いた、精鋭隊つまり冷刃隊の駐屯地。

「これだけ広ければ、広ければ♪ 練習しほうだいでござる!」

 髪のしっぽが、子供みたいにぴょんぴょん跳ねる。

 断崖のきわを均した、細長い練習場だった。

 農民兵が、かけ声をかけて防累を築いている最中で、土や杭が積まれている。

 冷刃の訓練の流れ弾対策で、寮や倉庫は、一段も二段も高くなった斜面の上。

 そこでも歌と木槌の音がして、寮が増築中だった。

「ほう、よく来たのう、エブの奴んとこの」

 よぼよぼした声とすれ違って、少年二人は足を止めた。

 カクパスが紹介するより先にバーツが笑って、頭を下げる。

 二つの戦士団からなる精鋭部隊の総団長、アカブは、何故引退していないのかというほど高齢だ。

 アカブのほかに、二百歩余り先の寮の高台から坂を降りてきた戦士も、少年二人とすれ違っては、次々にバーツの肩を叩いて、祝って去る。もれなく、鷲の戦士団ではなく、ハグアルの戦士団のメンバーだった。

 カクパスは、

「あなたは意外にも、上の世代の戦士にはちょっとした有名人なのですね。今まで入隊経験がなかったのはなぜですか?」

「それはな、こいつの祖父のエブ将軍が、性質が子供っぽいから軍に入れるとひっかき回してお荷物だって、大反対でよ。だが、あの一件で、その実力なら鷲団に入れないのは損失だってことになったのよ」

 アカブの言葉。えっへん、とバーツは胸を張る。

「なるほど。確かにこの団は今……」

 王国の前代未聞の策により、大量の戦士を急速に養成するため、才能の見られた子供なら、片っ端から、国中から集めて入隊を許し、冷刃エツナブの教育を施す。扶持も、住居すら面倒を見る。

「おかげで、昔は精鋭部隊といえば、戦場経験は豊富な壮年ばかり、身分は由緒正しき富裕な貴族ばかりと決まっていましたが、それは今やハグアルの戦士団のみ。新設されたボクたち鷲の戦士団は、年は若年、実戦経験もゼロかほんの数回、なにより身分が、貴族も平民も混在しているわけですが」

「へっ? 吾の入る隊にも、平民もいるのでござるか」

「やはりね。説明しておいてよかった」

「十七隊の紹介は、まだだったのかの、鷲の十七隊長、カクパスよ」

 そのとき、入隊式典のために整列しかけていた鷲団の中から、ひとかたまりの少年少女が駆けてきた。

「お帰りカクパス!」

 彼らの脚が、はっと止まる。

 隊長の横の見知らぬ顔に集まった視線は、好奇あり、値踏みあり、緊張もあれば、強烈な警戒もあった。

 バーツも鼓動が大きく打った。

 これからの隊員生活、そして人生。ここで余計な失敗はできない。

 召使いフーンの心配顔と、祖父エブの忠告顔とが、ドキドキするバーツの脳裏をよぎっていたそのとき。


 都の中心部では、エブを押さえた暴漢の青年アフ達を向こうに、屋敷を包囲した兵の一隊が、膠着状態に陥って……はいなかった。


 エブを人質に抱えたアフの姿は、屋敷の最も奥の間の屋根の上。

 都で一、二の広壮な屋敷だけに、そこは遠すぎた。

 冷刃の戦士ではないふつうの兵士の放つ、木の投槍の最大射程を、超えていた。

 が、都の守備兵にも、ハグアル団からの冷刃の戦士が割かれていた。

「知らず、愚かにも姿を晒しおって、ククク」

 波打つ髪の青年武者と部下たちを、いちどきに射てエブを救出するべく、こちらも屋根上に展開。

 四隊、都合八人の冷刃の戦士が、威風堂々、配置に登るやいなや、血しぶきを吹いた。

 あっと人々も、指揮官も兵も、目を疑った。

 ゾッとしたのは、その後だった。

 胸から血潮を振りまいてクルクルと転落した八人の冷刃の戦士。

 倒したのは、アフ一人の放った刃だった。

「一人で、八発……!」

「あ、あり得ぬ!!」

 フフ、と笑う青年武将の余裕が、ぞっと武人の心胆を寒からしめる。

 続いて、四つの隊の隊員の残りが、天地測も瓶かつぎも石打ちも、絶命して転落した。

 血みどろの味方の戦士の死体。遅れて、悲鳴が都の路地に渦巻く。

「こんどは、十六発以上……!!」

 ダン、と壁に拳を打つ、指揮官。

 ハッと我に返り、

「下がれ、下がれーーーーー!!」

 自らも走って退避した。

 敵の射程を嘗めていた。

 届くとは!と、さらに二十歩余も防御の距離を取ると、さすがに敵は数十秒、沈黙した。

 数十秒後に、敵は撃った。

 射抜かれて、味方に緋色の大輪の花が咲き乱れた。

「な、なんと……惨い!!!」

 驚愕して、指揮官はさらに下命、兵たちは、死にものぐるいで後退した。

 しかしそこですら、薙ぎ倒された兵列、崩壊する屋根。

 残りの味方は、衝撃で冷えきった体に、震え出す。

 敵は、フフフと笑う。

 彼は、貯水池を背にしている。

 水は部下が次々に汲みだして、瓶でアフの手元へ運ぶ。

「くそっ、ティリウ将軍にご連絡を!! 判断を乞う! 精鋭部隊を出して貰う他あるまい!」

 フーンは顔を上げて、

「では、バーツ様に!! ついに!!」

「馬鹿な」

「なっ、何故です?! 先日、国境の小競り合いに居合わせた際、とんでもない活躍をしたということ、お聞きおよびでは?!」

「問題にもならん」

「何故!!」

「知らんのか。身内はかえってこのような際、戦力にならんのが道理。約束されているものは、錯乱と、錯誤。バーツとやらいう子供が射ようものならその結末は、誰がどれだけ後悔しようか、余りに明白!」

「でも、でも、知らせるくらいは、せめて!!!」

「いいや。敢えて、知らせもせぬのが賢明である!」


 フーンが絶望に、お尻を石畳に降ろしてしまい、吾知らずハ……と息を吐いた頃、都から駆けに駆けた異変の報の使者がやっと、精鋭部隊訓練場のアカブ総団長の許へ、着いた。


「何?!」

 アカブの声でバーツは、はじかれたように駆け寄った。

「なんでござるか?! ほんの直感でござるが、吾に関係が?!」

「何でもない」

「何でもない、というお顔ではござらぬ!」

「何でもない、と言ったら何でもないのだ。それより隊員とはもう仲良くなれたのか、バーツ!」



――

この物語はフィクションであり、実在の団体・個人・事件とは一切関係ありません

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