第二章 冷刃(エツナブ)使いたち

第6話 「吾、存知せり」

 バーツはぐずぐずととどまったが、カクパスがその袖を引っ張った。

 秀麗な顔立ちをにこやかにして、

「顔合わせを済ませておきましょう。そのほうが何か起こった際、即応できますからね」

 鷲団第十七隊の仲間は、ジャガイモ、ニンジン、ホウレンソウをそれぞれ思わせる三人の少年と、ちんまりと背の低い猫目の少女と、同じほど小柄な少年とで、計五人。

 気もそぞろのバーツだったが、最後に自己紹介した小柄な少年に、突如、意識を収束した。

 人なつこさから一転して、凄みを帯びたバーツの眼光。断罪する声音が、

われ存知ぞんちせり」

「へ?」

 カクパスも、ジャガイモももニンジンもホウレンソウも小猫も、あっけにとられた。

「名はチタムとやら申したな。吾、存知せり。そなた、危険人物なり!! 吾、決してそなたを信頼せぬこと、ここに誓う!!」

 迫力に満ちた表明を受けた少年チタムは、たじろいだ。小柄な少年だ。ふわふわのくせっ毛に、純真そうな顔つき。

 だが、余裕を取り戻し、言い返した。

「へえ、なんでだよ?」

「カンでござる!」

 カクパスが、額に手をやって、天を仰ぐ。

「それはまた、野性的な」

「ふざけんなよ、新入りが!!」

とジャガイモが怒髪天をついた。

 猫目をさらにつり上げて、少女がバーツの胸元を掴む。

「チタムは、誰より信頼されてる戦士よ。無敵の天運の冷刃使い・チタムの評判を、知らないの?!」

 ホウレンソウが早口に、

「他国との合戦場で、奇跡のような投擲に限って成功し、仲間の危地を幾度も救ってきた彼ですよ」

「え。こいつが、あの、チタムでござるか?!」

「聞いたことは、あったようですね」

 皮肉な調子で、ニンジンが言った。

「嘘だ、こんな信用ならないと気配だけで分かる男を、そちらは何故、仲間にしていて平気でござるか!!」

 敵意が周囲からいっせいにバーツに突き刺さった。

 気づけば、十七隊だけではない。鷲の団の少年少女たちすべてが。

 ハグアルの団の年長者たちまでも、気まずい沈黙と、ひそひそ声。

 全員、チタムの味方だ。

「分かり申した。それなら、いざ、勝負できめるでござる!! チタム!! 吾と、的当てをして勝って見せろでござる!!」

 騒ぎに気づいてなんだなんだと注目し、事情を飲み込んだ戦士たちが、ハグアル団も鷲団も、四百人が一斉に笑った。

 バーツのことを、あざわらう。

「いいぜ、やってやろうじゃん」

 チタムが受けた。

 と、何故かぴたりと哄笑が止まった。

 何故か慌ててカクパスも、止めてくれる大人を視線で捜したが、アカブは真剣な顔で腕を組み、使者と談議中だ。

「チタム。冗談でしょう。バーツも! あなたは何も知らないんです、チタムと、勝負になんて、なるわけがないということも何も」

「バカにするな、でござる!!」

 バーツとチタム、二人の天才少年の投擲勝負が、にわかに設定された。

 四百人が、見物人だ。

 的は練習場だけに、すぐに掲げられる。

 勿論、鷲十七隊のかめかつぎの二人は、ホウレンソウ少年も猫目少女も、そっぽを向いた。

 バーツの撃つ水は、バーツが自ら、天水井戸チュルトゥンから、水瓶で運搬してこなければならない。

「おいおい、仲間の全部から見放されてるな。天地測てんちそくにもか。天地測ナシで、どうやって的が当てられるんだい?」

 ジャガイモも、全く風を測ったり測距したり複雑な計算をしたりせず、助言の役目を果たさない。それで飛んだ揶揄だったが、

「違いますよ。バーツには、天地測が必要ないそうなのです。常識はずれなことにね」

とカクパス。

 観衆が凝然となり、バーツは胸がすいたように、口の端をあげる。

「へへ、でござる。ちなみに、翡翠識ひすいしきもいらんでござる」

 今度こそ、信じられないというざわめきが、なかなが収まらない。

「へ、へえ、確かに凄いが、いい気になるなよ。こっちのチタムも、天地測も翡翠識も、自分で兼ねる冷刃エツナブ使いなんだ」

「しかも、聞いて驚け、石打ちも兼ねる!!」

 バーツがさすがに、色を失った。

「な……、そんなこと……!!」

「あり得るんだよ」

「この世でただ一人、こいつ、チタムだけにはな!」

「んで、一つここで申し入れなんだが。的は、百三十歩のあそこでなくて、あっちにしようぜ」

 チタムがぴんと腕を伸ばして指さした。

 四百人が、あっけにとられた。

「な?!! なんだと?!」

 チタムが水平方向に指したのは、断崖の果て、対岸の緑深い尾根の中腹で、

「あれを砕くことにしようぜ。あそこの木陰に、古い石柱が見えるだろ?」

 四百人が、揺れた。

「な、お、おい、正気の沙汰じゃない、谷を越えて、二百歩はあるぞ!!」

 冷刃使いは、百三十歩飛ばせれば一人前という。

 五十歩ならば、ただの兵が手で投げる投槍で届く。

 投槍器を使う技能を会得すれば、飛距離は二倍の百歩までいく。

 その百歩を突破できないなら、わざわざ冷刃使いとして戦場に投入するべく手間暇かけて養成する意義はない。

 まず百三十歩。

 ただし、飛ばすのと命中することの隔たりは遙かだ。

 冷刃を百三十歩飛ばせれば一人前、百三十歩の的に的中できれば一流、百発百中できれば超一流。

 ただの投槍ですら、投擲で標的を射るということは、思うより何百倍も困難だ。

 何故なら、空気抵抗、風の影響、視界の制限、標的の移動……冷刃の投擲の場合にはもっと厄介な変数までもが壁になる。

 だのに、二百歩向こうの的に届くだけでなく射抜く勝負をしようと言い放ったチタム。

 歴戦の勇士であればあるほど強く、畏怖した。

 哀れなのは、鷲団十七隊の新入りだった。

 いかなあのエブ将軍の孫とて、二百歩と聞けば勝負を下りよう。

 さて何と言うか、皆が楽しみにしていた。

 バーツは、ひょいと瓶から水を跳ね出し、指揮するように手を振った。

 どよめきがあがる。

「挑戦する気か!!」

 真っ青な空を人なつっこく見上げる、長身。

 瞳が輝いているのは、その瞳に水を映しているからだ。

 まぶしい陽光にキラキラして空中浮遊する、涼しげな水を。

 そうしておいて瓶を両腕で抱えあげ、

「そーれ!」

 振り回し、瓶の口から飛び出しざまに弧を描く水を、頭上になんなく合流させた。流麗な一本の槍へと水が姿を変えていく。

 風唸り。

 くぐもった石の破砕音が遅れて断崖を渡ってこちらにたどり着くころは、四百人の八百の目が、とっくに結果を知っていた。

 バーツは、天地測などの助けも受けずに、

「なんと……、二百歩を命中させてしまいよったぞ……」

「それも、一発で……」

「これは、夢か……まことか……」

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