自由の刑#8
「結局
梁人は周囲を確認するが黒い糸に覆われた廃墟群という景色は変わらず、変わったのは視界の隅に映る青いヘアバンドに白髪の“連れ”が一人増えた事だけ。その新しい連れの少女はスミレに手を繋がれて感情の乏しい目で梁人を見ていた。
「お前、なんであんな所で捕まってた?」
問われると少女は青い目で梁人を無言のままじっと見上げる。数秒の間を置いて少女は口を開く。
「わかんない、おうちに居たと思ったんだけど──」
掴みようのない少女の返答に梁人は目を細める。だがこれに関しては、聞いた僕が馬鹿だったと自らを戒めつつ梁人は少女が答えられるであろう問いを向ける事にした。
「名前は?」
「んー……アオ……って、みんな、よんで──」
少女は落ちかける瞼に抗いながら答えていたが、一瞬瞼が落ち切るとそのまま抵抗を失って眠りに落ちた。
「おおっ!?」
眠って頽れる少女をスミレが咄嗟に抱える。それを「任せた」とだけ言って梁人は次の目標を探す。
十五区の変質の原因がこの少女でなければ他に存在している事になる。むしろ予想外だったのはこの『アオ』と名乗る少女の方だ。一体何のために囚われ、なぜこの場にいたのか、梁人の中で疑問は幾つか浮かぶがそれらは思考の隅へと追いやった。
視界に見えているのは先刻の黒蜘蛛が拠点にしていたオフィスビルと、その向こう側にもう一つ大きなビルがあった。そちらの方は遠目で見ても大きな損壊が見当たらず、むしろ黒い糸で保護されている──そんな様相すら感じさせた。
「行くぞ」スミレに声を掛けて梁人が歩き出す。頷いてアオを背負ったスミレが後に続いた。歩き出してから少ししてスミレが梁人に問いかけた。
「ところで最上さん、さっき巨大蜘蛛を
「簡単だ。相手が突っ込んでくるのならそこに合わせて刃を置いた、それだけの事だ」
淡々と述べた梁人にスミレは苦笑する。先程の蜘蛛と梁人の戦いを見ていたスミレだったが、蜘蛛の方の動きはスミレの目には殆ど映っていないのと同義の速さだった。恐らくは“音速”の域に達していた。あの時、梁人と黒蜘蛛は僅か十メートル程度しか離れていなかった。それも初速から音速で動く相手。普通、人間には知覚すら出来ない。だが彼にとっては“簡単”な事なのだろう。
(そもそも音速の衝撃波をモロに受けて普通に歩けてるくらいだし、この人もこの人で化物でしょ……)
◇
倒壊したビルや瓦礫と化した家屋の間を通って三十分近く歩いてようやく次の目的地の目の前に到着した。漆黒の糸に覆われた三十階建てのオフィスビルはかつてはデザイン性を押し出した武装企業の持ちビルだったが、今や見る影も無くただ悍ましい漆黒のモノリスに変貌を遂げている。
「この状態じゃ生存者なんていないかもですね……」スミレが悲しげに俯く。
「目的を違えるな。生きてる人間なんて今じゃ化物どもより珍しい」
冷たく言い放ち、梁人は五十メートル先に見据えたビルを仰ぐ。高さにして地上百メートルはある大きなビルディングは不気味な静けさで三人を見下ろし、下部分に穿たれた大穴が入り口の様に待ち受けていた。
「アオちゃんも連れて行くんですか?」
スミレが言った。アオは穏やかな表情を浮かべて彼女の背で眠ったままだった。梁人は先の戦闘を思い返し逡巡する。二人を置いていった場合と連れた場合、どちらが
「ひとまずソイツも連れて行く。放っておいて面倒になるのは御免だからな」
「分かりました」
「危険だと判断したら離れろ。ソイツも不明な部分が多い」
梁人の目がアオに向けられ、スミレに緊張が奔る。スミレの中ではとっくに保護対象となっているアオだが、梁人の言う通り“不明な”部分は同時に在る。だからと言ってスミレはアオを疑う気持ちを持つ事は出来なかった。
「……はい」
言って分かるヤツだったらここまで着いてきはしなかっただろうと梁人はスミレの表情から察する。
「──まぁいい、引き際は自分で決めてくれ。最初に言った通り僕はお前を想ってやる事は出来ないんでな」
「分かってます」
スミレは頷いて、モノリスの大穴へ向かう梁人を追う。入口まで何の障害もなく辿り着き、梁人が先頭に立って中へと足を踏み入れた。
ビルの外側を覆い尽くす黒い糸は、中にまで侵蝕し色彩による闇を造り出す。焦げた肉の様な臭いが充満したエントランスを抜け、梁人が持つペンライトを頼りに通路を進んでいると、少し開けた空間に出た事で梁人が立ち止まった。
「エレベーターホールですね」
梁人の横から覗き込んだスミレが言う。縦長の空間に三対三の形で合計六つのエレベーターがある。しかし彼女には何故梁人がここで立ち止まったのかが分からなかった。
「どうしたんです、最上さん?」と聞くスミレに「分からないか?」と梁人が質問で返す。
「え……?」
もう一度エレベーターホールを見やり、スミレは暗闇の中に薄くぼんやりとした光が灯っている事に気付く。暗闇に目を凝らし、正しくそれを視認しようとして、目で見るよりも先に頭の方が正体に気付いた。あれは“表示灯”だ。エレベーターが今どの階にあって、上に向かっているのか下に向かっているのかを示している。そして、六つのエレベーターはそれぞれ違う階で止まっている。
「電気が通ってるって事ですか? という事は生存者ですか?」
スミレがそう口にした矢先、表示灯の点灯位置が変わった。それも一台だけではない、六台全てのエレベーターが表示灯がめちゃくちゃな点灯を始めた。
「なんですかコレ!?」動揺するスミレをよそに梁人は表示灯を注視して呟く。
「心霊現象なんて初めて見たな」
エレベーターの表示灯は全て最上階である二十五階を指し、そして一斉に下へと動き出していた。
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