自由の刑#7



 頽れた黒蜘蛛を振り返り、梁人は瓦礫の上に腰を下ろした。体の痛みは酷いがそれも徐々に収まりつつある事が分かり、梁人は懐から煙草を取り出して咥える。

「スミレのヤツはどこに行ったんだ」

 煙を吐いて、梁人が周囲を見回すと、どこからかこちらへと駆け寄ってくる足音があった。

「も、最上さーーん大丈夫ですかーー!」

 あちこちに黒い糸を纏った姿のスミレがビルの廃墟の方から手を振っていた。その隣に囚われていた少女を連れて。

 腰ほどの長さの白髪、青色のヘアバンド、淡い茶色のブラウスの上から黒いコートを羽織った少女がスミレに連れられ梁人の前に立っていた。

「スミレ、そいつ」

 梁人がじろ、と少女へと視線を向ける。

「ああこの子は最上さんが戦ってる間に私が助けました!」

 堂々と言い放つスミレに梁人はため息で応える。今更どうこう言っても仕方ないと判断して、梁人は煙草の火を消すと少女に問いかけた。

「お前、名前は?」

「ちょっとこんな小さな子に威圧感出さないでください! 可哀想ですよ!」

「あぁ……? 面倒臭いなお前」

「め、めんどくさいって……」

 ショックを受けるスミレを横目に、少女がずいと前に出てきた。

 少女は無感情な表情と灰色の目で梁人を見つめ、彼の側へと踏み出した。そして両手を前へと放り出して勢いよく跳躍する。

「は?」

 梁人が訝しむ間もなく、少女は彼の懐へと飛び込んでひしと抱きついた。唐突な少女の行動にスミレも驚いて両手で口元を覆っていた。

「おいガキ、離れろ」

 忌々しげに目をしかめて睨みつける梁人を少女は無感情の瞳で見上げる。

「私はお兄さんを私の“けーやくしゃ”にする事を決めました」

「“契約者”? お前いったい何を言ってる?」

 少女の語る内容が理解出来なかったが、梁人は少女の言葉に耳を傾ける事を選ぶ。少女は梁人に抱きついたまま言葉を続けた。

「“けーやくしゃ”はわたし達にとって特別な存在。お兄さんにはそうなる資格があります」

 資格。わたしたち。特別。気にかかる単語が幾つも少女の口から語られるが、一旦抱きついている少女をどうにかする方を優先する事にした。

「とりあえず話は聞いてやる。だから僕が襟首掴んでお前を放り投げる前に手を離せ」

「最上さん子どもに暴力はダメですよ!」

「お前は黙ってろ」

 梁人に睨まれ、スミレが「うっ」とたじろぐ。だが負けじと梁人へと食ってかかった。

「最上さんみたいな気性の荒い人に小さな子を任せられません!」

 スミレは梁人にくっつく少女の側に屈んで語りかけた。

「ねぇ、その契約者って言うの私じゃダメかな? そっちの怖いお兄さんより私の方が良いと思うんだけど……」

「だめ。お姉さんじゃむり、できない」

 少女は断言し梁人の懐に顔を埋めた。

「えー……」

 スミレが落胆するのも束の間、にやにやと笑みを浮かべた。

「最上さん、そうしているとなんだかお父さんみたいですね?」

「はぁ? ふざけるな、こんなガキ……!」

「あー!」

 梁人が少女の襟首を掴んで軽々と猫を扱うが如くに持ち上げると、少女が手足をバタバタと揺らしつつ無感情な表情のまま残念そうな声を上げた。

「お前、名前は?」

 当初の質問に答えていなかった少女に梁人が繰り返す。少女はぴたりと動きを止めて俯くと、持ち上げられたまま無言になった。それが考えている仕草なのかどうかは分からなかったが、梁人は返答を待つ。

 数秒の沈黙があり、少女はハッと顔を持ち上げた。

「ねてた」

「……おい」

 呆れる梁人の前で少女は大きな欠伸をする。

「きょうはもうつかれた……ねむい」

 あまりに素っ頓狂な反応に、興を削がれた梁人は少女をゆっくり地面へと降ろし、スミレに視線を送る。

「こいつはお前に任せた」

「えぇ!? 私がこの子のお母さんになるんですか!?」

「そんな事言ってない」

 冷静に梁人が返すが、スミレは聞いている様子が無かった。

 

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