自由の刑#5
「いや──似ているが、違う」
いつもの鋭い目つきに戻った梁人が、前方のビルの成れの果てに磔にされている白髪の少女に対してそう述べた。
「でもアレは」
第二災厄から逃れた後、生き延びたサイコフィジター達によって設置された〈対災厄委員会〉が回収したデータの中には幼いが蠱惑的な笑みを浮かべる白髪の少女『アリス』と、同じく白髪で似た容貌だが大人の姿をした『羽海野有数』。その二人の名前と画像が残されている。末端のスミレにはそれらの因果など知る由も無いが、前方に見える白髪の少女が彼女らと何か関係しているのではと疑問を抱くのも当然だった。
「似てるけど違うって……『アリス』と『羽海野有数』とも違うって事ですか?」
スミレの疑問に梁人はただ簡素に「そうだ」とだけ返して、少女が囚われているビルの残骸を見上げる。少女は地上から十メートルは上の位置で、両手首と足首の四か所と胴体に黒い糸が巻き付けられ、それによって拘束されている様だった。
「と、とにかくあの子助けてみますか?」
「赤頭巾どもの罠の可能性が高い、見捨てて行く」
冷徹な言葉だけ吐いて、梁人は歩き出す。
「えっ、えっ!?」
磔の少女と梁人を交互に見た後、スミレは梁人の背を数秒見つめ、そして少女の囚われているビルの残骸の方へと走り出した。
「……ちっ」
遠ざかっていく足音を聞いて梁人は舌打ちをして、構わず前進した。だがその数秒後、今度は悲鳴が聞こえてきた。それもスミレの向かったビルの方から。
「死にたがりの癖して手間が掛かるな」
呟き、梁人は翻ってビルの方へと駆け出す。走りながらスミレの姿を探すが、既にビルの残骸の中へと入っていったのか姿は見えない。一応形状は保っているとは言え正体不明の赤い腐食と黒い糸の巻き付いたビルだ。いつ倒壊してもおかしくは無い。そんな中に侵入して、尚且つ“敵”がいる事を梁人は想定するが、違った場合スミレの生存率は大きく下がってしまう。
「……面倒だな」
梁人は周辺の地形とスミレの足音の消えていった方向と悲鳴の位置を思い出し、脳内で彼女の足跡を想像する。
(悲鳴は残骸の中からなのは間違いない。だが、そこから先が無い?)
ビルの残骸の入り口近くまで来た梁人がスミレの気配を再度探ろうとした時だった。
「お兄さーん、上、上」
声は梁人の真上、磔になっている少女からだった。彼女は感情の篭っていない音圧の少ない声音で梁人の頭上、厳密には背後の方を振り返る様告げる。
「後ろ危ない」
少女の声に従い振り返る梁人、そこには真っ黒な球体が浮かんでいた。球体は細かく振動しており、更によく見れば球体から細長い枝の様なものが伸び、二回屈折している。それと同等のものが八つ。全体を捉えた事で梁人はそれが何であるかを認識した。
(蜘蛛だな。そうか、十五区のあちこちに張った黒い糸はコイツの────)
思惟を巡らせ、梁人が動き出すと同時対面していた黒蜘蛛の姿が消える。
「ッ!」
(速いッ)
梁人の目は黒蜘蛛の動き出しは捉えていた。だが尋常ならざる速度で動く黒蜘蛛の動きを全て捉えられてはいない。直後、背後から迫る“死の予感”に梁人の全神経が逆立つ。
瞬間、梁人は自身の背後にVIAを展開。格子状に出現した〈
──後手を踏まされたな。
“敵”へと向き直る事なく梁人は即座に格子状に編まれた〈死神の鎌の柄〉の一つを右手で握り、大鎌形態へと変質させる。そして大鎌の刃の先端が黒蜘蛛の球体目掛けて撃ち出されるが如く鋭く奔った。
黒蜘蛛はその梁人の攻撃を刃の到達速度よりも速く後退すると容易く回避してみせ、更に次の手として二本の爪を梁人へ向けて放った。
「“間”を取った。それには間に合うぞ?」
向き直った梁人が今度は正面から二本の爪を大鎌の側面と柄の終端を使って弾き落とすと、黒蜘蛛が大きく後退した。
黒蜘蛛が下がり、梁人が大鎌を構える。これで黒蜘蛛の優位と梁人の不利は帳消しとなった。
(これでイーブンか。にしても赤頭巾は十五区に何を植え付けた?)
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