自由の刑#4
腐食し、赤く染まった鉄骨の塔。無数に張り巡らされた天を覆い尽くす程の黒い糸で編まれた蜘蛛の巣。廃墟や由来も知れぬ遺骸からは未知の菌糸が栄える。今やそこが都市の一画であった名残は僅か。魔境と化していた。
「これが第十五区画……? 出発前にはそんな報告は無かったのに……?」
マンホールから上半身を出したスミレが周囲を見渡し、視界に広がる景色に困惑を示す。ここにはもう、彼女がよく通っていたカフェも、ブティックも、友人達もいない。在ったモノが消え、無いはずのモノが蔓延っている。
「ちっ、遅かったか。スミレ、お前は怖気づいたなら帰った方がいい」
梁人は気味の悪い魔境の奥へと向かって足を進め出す。未知の脅威が潜む可能性があると分かっていても、前に進む事でしか答えは得られないと、梁人は自らの精神の
「も、最上さん」
遅れてスミレもその後に続く。よたよたと歩き周囲の得体の知れない菌糸類や植物に怯える素振りをしながらも、引き返すという選択肢は彼女の中には無い。
新東京府の殆どはビル街で構成されている。この十五区と呼ばれる地域を例に漏れずビルに溢れてはいたものの商業地区としての役割を持っており、サイコフィジターの訓練隊員だった頃のスミレはよくここへ息抜きに来ていた。変わり果てたビル群を見上げ、スミレは思う。
(懐かしいって本当は思いたいけど、そんなの無理かも。友達もみんな第二災厄後から連絡つかないし……そもそも災厄って何なの?)
最初の災厄以降、日本の国家機能は損なわれ、それまで彼女が聞いた事の無い
「街がこんな風に変わるなんて……最上さんは心理課にいたんでしょう? この現象について何か知っているんじゃ?」
スミレが疑問を口にすると、梁人が肩越しに彼女を一瞥する。その目は暗く冷たい。踏み込んではいけない場所に踏み込んだ。そんな感覚がスミレの中に沸き起こり、背筋に寒気を覚えた。
「や、やっぱり何でもないです……はい」
圧に負けたスミレが小さく答え、梁人は何も言わずに視線を前に戻す。だがやはり彼は何かを知っていて、私に黙っているのだとスミレは察する。
(知りたい。私の知らない所で一体何が起きてるのか。それに、世界をこんな風にしたヤツが誰なのか)
そうして、しばらく何の危険も無いまま無言で二人が進んでいると、突然どこからか声が聞こえてきた。
「おーーい」
と、この気色の悪い空間に似つかわしく無い呑気な声色が二人の耳に届いた。スミレは頭を忙しく動かして声の主を探し、「あっ!?」と驚愕して、前方に聳えるかつてはオフィスビルだったであろう赤黒く染まった巨大な
「最上さん、アレ! アレ!」
梁人もスミレの指す方向に目を向けて、常に力が入っている目を大きく見開いた。
続け様にスミレが興奮した様子で梁人へと呼びかけた。
「アレ、データで見た事あります! あそこの壁に磔になっているのって羽海野有数ですよね!?」
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