自由の刑#1

#16


 ────三ヶ月後。


「第三地区は酷い有様だ。宙に浮かんだままの瓦礫が空を塞ぎ、瓦礫の隙間から絶えず赤い雨が降り続けてる」

 サイコフィジターの濃緑と黒色の特殊パワードスーツに身を包んだ男性隊員が救助隊のテントに入るなり、防護メットを脱いで忌々しげに言う。

 テントの中には彼の他に先の〈第二災厄〉から生き延びたサイコフィジターの隊員が三名と、真っ黒な草臥れたスーツを着た陰気な男が一人報告を待つかの様に座っていた。最上梁人だ。

「羽海野有数はいたか?」

 梁人が問い掛けると、問われたサイコフィジターの隊員は首を横に振った。

「あそこにはもういないだろうな。〈第二災厄〉の爆心地、神殺しの塔──」

 隊員はテントの外に目を向けて、宙に浮かんだ瓦礫を見る。

「あれが元・警視庁本部だなんて信じられないな……」

 


 あの日、羽海野有数が反旗を翻した時、神は死んだ。正確には過去の人類が崇め奉っていた神という概念はこの世界から消え去った。その結果、世界は二度目の破滅を迎え、羽海野有数の望んだ“限界”の取り払われた世界が誕生した。

「最上さんッ!」

 呼ばれ、梁人が声の方を振り返る。そこにはくすんだ茶髪を後ろで一つ結びにした、まだ表情にあどけなさを残す女性がいた。彼女は〈災厄対策委員会〉の刺々しいロゴデザインが肩に入ったサイズの合わないジャケットを羽織っており、手には周辺の神秘汚染状況を記した書類を持っている。

「スミレ、どうした?」

 女性の名を呼んで、梁人は体を向ける。スミレは頷いて手に持った書類を差し出した。

「これを見てください。第十五地区の」

 スミレから書類を受け取り、梁人はさらさらと視線を動かす。

「〈赤頭巾〉どもか」

 呟く梁人にスミレが頷き返す。

「……はい。羽海野有数の兵隊、様々な呼び名がありますが私たちが赤頭巾と呼ぶ〈犯人〉の能力を有した人類です」

「呼び名なんぞどうでもいい。そいつらが現れたんだな?」

 冷たく言って、梁人が椅子に掛けられた漆黒のロングコートを持ち上げる。

「え、はい……最上さん、もしかして現地に向かうつもりですか!?」

 スミレの問いに梁人は無言でロングコートを羽織る。その背中に向かってスミレが怒鳴った。

「アリスがいないのにどうやって戦うんですか!?」

 その声に梁人の足が止まった。背だけをスミレに向けて梁人はスミレの問いへと返答する。

「だから、どうした」

 酷く冷めた声だった。だが、スミレはその態度に苛立ちを覚えて更に食ってかかっていった。

「『だからどうした』ですか。そんな拗ねた子どもみたいな返事しか出来ないくせに何をカッコつけてるんですか?」

 言ってスミレは鼻で笑ってみせる。梁人は立ち止まったままスミレの言葉に耳を傾けているようだった。

「なので、私も同行します」

「……?」

 スミレの発言に梁人がゆっくりと首だけで背後に視線を向ける。そこには濃緑のラインが入ったベージュ色の外装を身に纏ったスミレが立っていた。彼女の纏っているそれは、サイコフィジターの衛生管理者に貸与される装備であり、無論戦闘用では無い。

「スミレ」

 梁人が名を呼んで続きを口にする前に、スミレは「言いたいことは分かります」と遮った。

「だとしても私だってサイコフィジターの一員です。ただの人間であるあなたよりは動けるつもりですから」

 胸を張ってスミレが言うのを、梁人が冷めた目で返す。

「……僕は、お前が死んでも何も想ってやれないからな」

 ただそれだけ言って、梁人は背を向ける。

「その方が最上さんらしいですから、大丈夫です」

 何が大丈夫なのか、スミレもよく分からない事を言って梁人の後に続いた。

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