眼の眩む夜#15



 びぃーーー。

 びぃーーー。


 けたたましいサイレンの音が鳴り響いて、真っ赤な蛍光色の光を通路中に振り回す。通路には激しく争った跡があり、銃痕や斬撃、爆破の跡があちらこちらに散見され、更には新警視庁特別収容階層の警備にあたる重装警官の死体が転がっていた。

 死体は通路の奥へと続いており、彼らを殺害したと思われる赤い影が群を成して進んでいく。その影達はそれぞれ異なったシルエットを持っていた。

 一つは細身、一つは巨体、一つは歪。しかし三つに共通するのは赤いフードとコートを纏っている事だ。

 影たちが進む先には、この特別収容階層の最も厳重な扉があった。しかし内外の出入りを管理されているはずのその扉は、一人でに、赤い影達をさも迎え入れるかの様に開いた。

 真紅に染まる収容室の中心で、ベッドに縛り付けられている白髪に眼帯をした女性が侵入者達を見て、口の端で笑みを浮かべた。

「ようこそ、私の怪物達ジャバウォッキー

 赤い影達は揃ってその女性に向かい恭しく一礼を披露する。そして、細身の影がどこからともなく銀色の鋭い光を放ち、収容室のガラス壁を容易く切り裂いた。

「お迎えにあがりました、羽海野有数さま」

「あはは。こちらこそ随分キミたちを待たせてしまって申し訳なかったね」

「いえ」

 細身の影が、彼女の拘束具を破壊して手を差し出す。しかし羽海野有数はその手を取らずに、ある方向へと視線を向ける。赤い影達もそちらへと視線を向けて、ぴくりと体を微かに跳ねさせた。

 そこにはパイプ椅子の上で眠ったままの梁人と、その隣で同じく眠るアリスの姿があった。

最上梁人もがみ やなと」呟いて細身の影が腰に手を伸ばす。しかけて背後の気配に気付いて手を止めた。

「駄目だよ。殺すのは」

 ふふ、と笑って羽海野有数は梁人に向かって歩き出す。梁人の前に立った羽海野有数がその透き通る様な白い掌を彼の頬に添えて、恍惚の笑みを浮かべる。

「──梁人、私がキミの為に世界を壊すと言ったらどんな顔をするのかな?」

 その時、羽海野有数の側でがたんと大きな音が鳴った。

「おや、おかしいね。どうしてキミがここにいるのかな」

「羽海野有数っ……!」

「複製品ちゃん」

 羽海野有数の横に立って、憎悪の表情を向けるアリスがそこにいた。

「梁人は渡さないっ!」

 叫ぶアリスを羽海野有数は笑う。

「渡さないだなんて、別に梁人はキミのモノじゃないだろう? キミは〈犯人〉を捕まえる為の道具にしか過ぎない。一人の人間ですらないキミが何を言ってるのかな」

「──うるさいッッ!」

 悲痛な声を張り上げてアリスが拳を振り上げる。「やれやれ」と羽海野有数が首を振るうと、そこへ赤い影の一つが割り込んでアリスの拳を止めた。

「だ、誰!?」

 突然現れた赤い影にアリスが動揺を見せる。同時に嫌な気配を覚えて表情を強ばらせた。

「どうして〈犯人〉がここに──!?」

 回廊内でしか観測出来ないはずの〈犯人〉の核が放つ汚染された精神の波長と同じモノが、アリスの拳を止めた赤い影から放たれていた。

「なんで……!?」

 赤い影から飛び退いて、アリスは混乱する頭を整理しようとする。それを許さず羽海野有数は告げた。

「彼らは〈犯人〉と同じに感じるだろうね。ただし、彼らは〈犯人〉の様なただ暴れるだけの存在じゃない。私が手ずからデザインした芸術品なのさ、作品名は〈赤色怪物ジャバウォッキー〉」

「アンタはずっと拘束されてた、なんでそんな事が出来る!?」

「ランド・オブ・ワンダーは私が支配してる事を忘れたの? 〈犯人〉は勝手に生まれてるとでも? ぜーんぶ私が用意した遊戯の舞台だと少しでも思わなかったの?」

「そんな……」

「新警視庁も、あなたも想像力が足りない。足りなさ過ぎて怒りすら覚える。そんなあなた達に利用されている梁人が可哀想だよ、やっぱりこのまま連れ去っちゃおうかなぁ?」

 羽海野有数が再び、前に出るとアリスがその前に立ちはだかった。

「梁人は、連れて行かせない!」

「あはは。分からないかな、キミはもう負けたんだよ」

 羽海野有数が指揮者のように指を振るい、赤い影の一人がアリスの背後に現れ頭を床へと押しつけて拘束する。

「うっ! ぐ、梁人だけは……絶対に……!」

 その手を眠る梁人の姿へと伸ばしながら、アリスは目に涙を浮かべた。結局、無力な自分のせいで何もかも失うのだと、アリスは自らを責める。

 羽海野有数はアリスになど目もくれずに梁人の肩に手を触れて、そのまま絡みつく様に体を寄せ手を握ろうとした。

「…………!」

 羽海野有数がニィと薄い笑みを作った。

「お前の考えてる事なんて、僕は最初から分かっていた」

 低く、冷徹さの宿った声が響く。その声を聞いてアリスの表情が明るくなる。

「梁人……!」

 梁人は立ち上がり、羽海野有数と向き合う。

「まさか、自力でL.O.Wから帰ってきたって言うのかな?」

「お前には関係ない事だ。それより、僕の前にいるって事はようやく殺される気になったって事か?」

 返事を待たずに梁人の拳が羽海野有数へと放たれる。拳が羽海野有数の顔面に到達する刹那に赤い影がそれを止める。梁人の目が僅かにその姿を認識して拳を下ろした。

「兵隊か。まぁお前が檻の中で〈犯人〉なんてもん作って大人しくしてるワケがないと思っていた」

 ため息を吐いて言った梁人に、羽海野有数は恍惚の色を宿した目で彼を見つめた。

「やっぱり梁人だけが私の事を理解してくれる……ねぇ、二人で世界を壊そう?」

「ふざけるな、僕はもうお前のクソみたいな発想にはうんざりなんだ。それを分かってしまう自分にもな」

「ふーん……それなら、そこの複製品は殺してもいいよね?」

 ぱちん、と羽海野有数が指を鳴らし、アリスを抑えていた赤い影がどこからともなく銀色の短刀を取り出してアリスの首筋に刃の先を当てる。

「駄目だ」

 梁人が即答すると、羽海野有数もアリスも豆鉄砲を食らった鳩の様に目を瞬かせた。

 意外な返答に羽海野有数が思わず問いかけた。

「え……なんで?」

 梁人の目線がアリスに向けられる。

「それじゃフェアじゃない。お前と戦うにはソイツが必要だ」

 聞いて、羽海野有数は苦笑する。

「あ、そう。分かった、梁人がそう言うならそうする……」

 言いながら、羽海野有数の言葉が震えだす。

「でも、遊戯が始まったら私は容赦しないからね……必ずそこの複製品を始末するからね……だって、ズルいじゃない。無条件に梁人に必要とされてるなんて……私がどれだけ……」

 羽海野有数の言い分はほとんど駄々を捏ねる子どもじみていた。梁人は黙ってそれを聞いて頷く。

「分かったからアリスの上からソイツを退けろ」

 梁人に言われて、羽海野有数が指を振るいスッと赤い影がアリスから離れる。アリスは抑えられていたせいで痛む体を摩りながら立ち上がって梁人の側に近寄った。

「あ、ありがとう梁人」

 梁人は目線だけ動かしてアリスを見て「黙ってろ」と言い放って羽海野有数に視線を戻す。その光景に羽海野有数が野次を飛ばした。

「複製品ちゃん、キミはあくまで道具なんだからね」

「うるさいなぁ」

 アリスが怪訝な表情で返す。羽海野有数は舌打ちをして二人に背を向けた。

「まぁいいよ。梁人が神を殺してくれたおかげで、世界の規則は大きく変わったし──あくまで対等な遊戯にはなるからね。で、肝心な勝利条件だけど、これは至ってシンプル、〈星の覇権〉を手にした方の勝ち。あ、方法は自分で考えてね? ちなみに私は自分では動くつもりはないから」

 アリスが頭にハテナを浮かべる横で、梁人は黙って頷く。

 羽海野有数が振り返って、あどけない笑顔を梁人へと向ける。

「それじゃ──またね」

 それを梁人が冷めた目で返す。再度、羽海野有数が背を向けた瞬間。

 ばん、と大きな音が響いた。

 アリスが目を見開いて傍の梁人を見る。梁人はちっと舌打ちをした。その手には拳銃が握られており、銃口からは薄く煙が上っていた。

 しかし、梁人の放った銃弾は赤い影の一人に指先で止められており、赤い影は摘んだ銃弾を興味なげに床へと落とすと羽海野有数の後を追っていった。

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