眼の眩む夜#12
「L.O.W内の最上監察官から情報です。『至急、羽海野有数に聞け』とのこと。如何しますか、アラバキ管理官?」
女性オペレーターが淡々と告げて、アラバキのいる部屋の入り口近い左上方を見上げた。そこに険しい顔つきで座り込む初老の男は一文字に結ばれた口元をゆっくりと開いた。
「丁度いい。羽海野有数に聞くことが出来たところだ」
アラバキは管理官の席に備え付けられた特務専用の赤い受話器へと手を伸ばす。
それは、羽海野有数を収監している特殊監房へと繋がっている。これの使用を許されているのは、現在アラバキのみ。
受話器を耳にあてがうと、掛けた本人よりも速く受話器の向こう側の人物が先に話を切り出してきた。
『やぁ、アラバキさん。そろそろ痺れを切らして掛けてくる頃だと思ってたんだ』
全てを見通しているかのように──いや、実際に見通しているのだろう。
思わず息を呑む。
恐らくは、この動揺すらも伝わってしまっているだろう。
羽海野有数は、くすくすと小波を思わせる笑い声を響かせていた。
「貴様に聞くことがある」
『ふふ、梁人達が何かに気付いたのかな? それとも今回仕掛けた悪戯の事かい?』
「どちらもだ」
厳粛に言い放って、アラバキは左手を強く握り締める。
話題に挙げると既に想定されていた事に、アラバキは強く苛立つ。
羽海野有数という女は何千、何万という人間を面白半分で殺した地球上で最も邪悪な犯罪者だ。
今もなお、それは続いており、自分達は羽海野有数の仕掛ける
ヤツにとって人類などオモチャの一つでしかないのかもしれない。
アラバキは、最初の事件で死んだ妻の顔を思い出し、更に強く左手に力を込めた。
出来ることなら今すぐにでもこの手で殺してやりたい。
「管理官……?」
後方に控える補佐官が、声をかけてきた事でアラバキは憎悪を収めて深く息を吐き、瞳から感情を消す。
「羽海野、貴様は我々に隠している事があるな?」
『勿論。その方が面白いでしょ? 始めから何もかも分かっているなんて退屈だと思わない?』
また、下らない持論を語り始めたか。アラバキは軽く鼻を鳴らす。羽海野の言葉に意味があろうと無かろうと、自らのやるべき事は明白だ。
今の人類を存続させる為に〈犯人〉に抗うことだ。
「答えろ。最上監察官は、我々のほかにも貴様の身体部位を所持する勢力がある可能性を述べていた。それは事実か?」
『ああそれ? なんだ、今起きてる事の方についての質問かと思ったよ。ちなみに梁人の疑ってる“他の勢力”の疑念、それは実在してるよ』
「まさか……あり得ん!」
『ふふ、アラバキさんもそこの指揮所にいるみんなも知ってるはずでしょ? 私は嘘を吐かない』
◆
馬鹿な。アラバキは発するべき音を見失って絶句する。だが同時に羽海野有数は気にかかる事も言っていた。
今起きている事、とは一体なんだ?
私は何を見落としている?
「どこの勢力だ、それは」
『だから。言ったでしょ、何もかも分かってるなんて退屈だって。見せてよ私に。未知に、恐怖に、抗う姿をさ』
「ふざけるなよ……!」
『ふざけてなんかいない。私は私なりに世界に対して真摯に向き合ってるつもりだよ。むしろふざけてるのはあなた達の方じゃないかな? 文明なんて
嘲るような口調は形を潜め、酷く冷めた声音で羽海野有数はそう告げた。
それこそ下らん自己陶酔にすぎない、アラバキにはそう切って捨てる事も出来た。
だが、世界の現状を知る者にとって、羽海野有数の言葉を単なる戯言と受け流す事はほぼ不可能だった。
羽海野有数は究極のエゴイストだ。
アラバキは今になって、彼女の秘める狂気を思い知っていた。
「……神にでもなったつもりか!」
『あはは。神って、古臭い概念を持ち出さないでよ。私はそんなものにはならないさ、私はただ梁人を一人占めしたいだけなんだから、そうだなぁ……私の事は恋する乙女とでも思ってくれ』
そんな可愛らしいものの訳がない。分かりきった事は口に出さず、アラバキは唇を噛んだ。鉄の味がじんわりと口内に広がった。
これ以上の会話は無駄だ。受話器を叩きつける様に戻して、アラバキは梁人達のモニターに視線を戻す。
彼らは今、七体目の原始精神体を討伐した直後だった。
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