眼の眩む夜#10



 携えた黒い棒を一瞥して、梁人はアリスへとそれを差し出す。突然の事にアリスが薄紅の瞳を瞬かせ、意図を問いただしてきた。


「え……なに?」


「やり方の問題って言っただろ。お前が名前を見て俺が攻撃するより、お前が直接やった方が速い」


 それに、今になって〈ゴースト〉にやられた右腕の痛みがやって来たせいで、しばらくはVIAを振るえそうにない。梁人はズタズタになった右腕を見てそう思う。


 ◆


 梁人が切り出した提案に、アリスはしばし考え込んだ後、〈死神の鎌の柄ワンズ・オブ・ハーミット〉を受け取って「へへへ……」と気色悪い笑みを浮かべた。


「……なにがおかしい」


「んー、いや? これが梁人のの形だと思うと愛おしくてねぇ……へへ」


 理解し難いセリフを吐くアリスを無視して梁人は再度、廊下の奥に佇む首吊り石像へ視線を移した。

 依然、動きはなくただそこにあるだけの石像だがこうしている間にもの被害は広がっていく一方だ。

 サイコフィジターの連中との折り合いは悪いが、それでも無闇に死なれるのは梁人も望んではいない。


「へへ……」


 両腕でVIAを抱きしめたままのアリスが再度、気色悪い笑みを浮かべているのを軽く小突き、アリスへと命令する。


「いったぁぁっ!?」


「羽海野の遊戯にだらだらと付き合うつもりはこっちにはないんだ。ルールの察しはついてる、片付けるぞ」


「それは分かったけど……! 梁人の腕力は兵器並なんだからもっと手加減してくれないと! 小突いたつもりなのかも知れないけど、見てた? 今首折れるかと思うくらい仰け反ったの!?」


「見てない。いいから仕事をしろ。死ぬにしても仕事が終わってから死ね」


 実際、本当に見ていなかった。いちいちリアクションが大きいアリスに構っていればその間に人類が滅ぶだろうな。


 梁人が苛立ち混じりに吐き捨てた言葉だったが、それがアリスの琴線に触れた様だった。


「さすが私が惚れた男。さぁて愛に応えるために仕事をしよう!」


 そう言ってふん、とアリスは鼻を鳴らした。まだルールについて何も教えていない状態でこの白毛玉は何をするつもりなのか、梁人は呆れた視線を送った。


「羽海野はおそらく、僕らに歪形の精神サイコ・ストレインと戦えと言いたいんだろう。この後もきっと、化け物が出てくるぞ」


「なるほど……確かに〈犯人〉の能力核には歪形の精神が集まりやすいからね。でもそれじゃ、私たちなぶり殺しにならないかな?」


 アリスから出た疑念に、確信を持って梁人は答えた。


「それは無いな。さっきも言ったが、ヤツはゲームとして成立しないものを好まない。だから少し考えてみた」



 歪形の精神には二種類いる。

 人間の感情や記憶が由来として生じる〈起源精神体オリジン・マインド〉、無意識の宇宙に原生する意識の種子〈原始精神体プリミティブ・マインド〉の二つだ。


 どちらも危険な存在であるのは同じだが、後者はより特異なものである場合が多い、更に原始精神体の名は人類とは乖離した名を有している。理由として、原始精神体には発生の起源が存在しないからだ。


 L.O.Wを構成しているのは、人間の無意識だけでは無い。万物の源泉たる法則の集合体だと────アラバキ管理官から聞かされていた。


 ならば、名前という法則を有しているものにも必ず意味があるはずだ。

 

「さっきの〈ゴースト〉の名前、お前は何か感じる部分はないか? 実際にヤツの中身を見たのはお前だろ」


 梁人の説明を聞いて、アリスは薄紅の瞳を閉じて白いしなやかな髪をかき上げると、静かに同意した。


「そうだね。確かに、あの子ゴーストの中に強い使命のような……意味みたいなものはあったよ。でもあれは────」


 何を言い淀んでいるのか、アリスは続きの言葉に惑っているようだった。言葉を選ぼうとするのはいつものアリスの悪癖だ。

 元の頭が良過ぎるせいで、小さくなった体では脳の処理が追いついていないんだろうな、と梁人は思う。

 ──かと言って、梁人はアリスの言葉を待ったりはせず、その先を促した。


「いいから言え」


「う、うーん……?」


 梟の様に首を傾げて眉根を寄せ始めたアリスを見て梁人は小さく悪態を吐く。


「……クソッタレめ」


 この微妙に使い勝手の悪い相棒だが、L.O.W突入前に管理官であるアラバキが言った通り、探索には必要不可欠な存在である事には変わりない。


 L.O.W内でアリスの存在が重要になるのは、対歪形の精神だけでは無い。

 より深く、〈犯人〉の核に近づけば、それは他人の精神という名の水槽にどっぷりと浸かっている状態だ。

 今がまさにその状況でもある。

 そうした時、普通の人間は自らが認識出来なくなり、自我の崩壊を招く。

 故に他者と自分、世界と自分を分け隔つ為に白の少女アリスは梁人の側にいなければならない。

 しかし、厳密に言えば、羽海野有数の左眼を持っている、、、、、、、、、、、、、、のがアリスだからだ。


 十数秒の思考を経て、ようやくアリスは言いたい事がまとまったのか、唸り声以外のこえを発した。


「あれはわたし、、、だった。ちゃんと言い換えるならわたしの一部だったモノ……なんでそんなものがここにあるのかは分からないけど、確かにそうだった」


 言いながらもアリスは困惑した様子で頭をぐるぐるとさせ、何度も唸っていた。


 

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