眼の眩む夜#6



 膨大に広がる精神世界では、目的の魂を見つけ出すコト自体が不可能である。

 手がかりセントは、L.O.Wでのコンパスの役割を果たし、現実世界の〈犯人〉の異能を構成する要素とリンクしている精神世界へと導く。



【ランド・オブ・ワンダー:セントフロア】


 

 長く伸びた廊下は薄暗く、石の柱が立ち並ぶ様子は遺跡じみた古臭さと、静謐せいひつな空気が漂っている。奥の方は白くもやが掛かり伺えないが、入口から視界に映るだけでも複数の通路が枝分かれしていた。


 闇を抜けて飛び出た先で、梁人は周囲を一瞥して率直な感想を述べた。


「静かだな」


 前回が初っ端から悪夢の連続だっただけに、この静けさ自体が奇妙だと梁人の直感に訴えかける。それは傍の白の少女も同様だった。


「そうだね。でも、ここは既に〈犯人〉の領域だから油断しないでね」


 白の少女アリスの警告を聞き流して、梁人は周囲を確認して、梁人はポケットから手がかりの一つである長方形の薄い紙きれの様な物を取り出しアリスの前に差し出した。


「アリス」


 カードを受け取ったアリスが、梁人の方を見て薄紅の瞳を僅かに煌めかせた。


を使うんだね? いいよ」


 それは一枚のカードであり、抽象的な概念が収められている特別な道具の一つ。アリスの眼を介する事で、現在の回廊の名前を浮かび上がらせる。


 薄紅から真紅を一瞬だけチラつかせたアリスの瞳がカードから離れて、アリスは梁人へとカードを返す。


「はい終わったよ」


 梁人が受け取ったカードには、都市の中に立つ石の巨人の絵が描かれていた。瞬時に確認を終えた梁人は、カードから視線を外して廊下の奥へと向けた。



 ◆

 

「……構成要素は〈慎重〉か。生憎こっちには慎重にやってられる程の余裕は無いがな」


 〈犯人〉を天災たらしめる構成要素こそが、回廊の名として定められる。しかしそれは魂に後付けで増築されたモノであり、然るべき手順で切除が可能となる。

 梁人たちに課せられているのは、〈犯人〉の無力化。それはつまり、元の形へと戻すという事である。

 羽海野有数が与えた異常な力で変質した人間から力を奪い……殺す。

 〈犯人〉は天災そのものの怪物であるが、同時に〈犠牲者〉でもあるのだ。

 だが、彼らを救う手立ては用意されていない。

 これは有数によってもたらされた世界を賭けた最悪の遊戯ゲームだ。ルールなんてのは、羽海野有数が面白いと思えば幾らでも書き換えられてしまう。


「とっとと片付けるぞ」


 梁人が死神の鎌の柄ワンズ・オブ・ハーミットをぎりと握りしめるのを見て、アリスも同意する。


「そうだね……でも、名前を見つける方法はちゃんと覚えてるのかい?」


「……」


 まだ理解の浅い知識を問われ、梁人は思わず黙り込んだ。癪だが、アリスの必要性は梁人自身が最も感じてもいる。

 察してアリスは言葉を続けた。


「……改めて説明しておくね」


 アリスの目には〈犯人〉の構成要素を明らかにする力はあるが、〈犯人〉の名前までは見抜く事は出来ない。


 名は魂の在処ありか。その名を明らかにする事こそが〈犯人〉の正体を暴き、無力化への道筋となる。


 ◆


「羽海野有数の与えた〈特性〉のせいで、魂の形が歪んでも、その欠片は────」


「待て」


 短く告げて説明を続けていたアリスの話を遮った梁人が、廊下の奥──靄の向こうから不穏な空気が漏れ出すのを感じて身構えた。アリスも理解して、梁人の背後でそれへと備える。


 不穏な空気は増し、もやの向こうへと集束していく。

 空間を徐々に満たす色味の無い狂気が、梁人たちへと真っ直ぐに向けられていた。


「行くぞ」


「うん」


 梁人が先行し、進んでいく。

 次第に回廊全体が更に暗く、歪な変化が起こる。

 先程まで石柱の並んでいた景色が、絞首台へと置き換わり死の雰囲気が充満する。

 梁人の視界にも激しいノイズが奔る。


 廊下の奥に静かに佇む異貌。

 天井から縄で吊り下がった石の人体模型。

 その理解不能な彫刻の瞳が二人を睨みつけていた。



 

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