眼の眩む夜#5



「アリス、回廊に繋げ」


 虚空に向けて梁人が命令を出すと、なにもなかった空間に白い人影が出現しふわりと浮かび上がった。ゆっくりと降り立ったそれが、明確な人の形を帯びて白い髪が靡いて薄紅の瞳が開かれアリスとなった。しかし、完全な実体にはなっておらず、膝から下は朧げに霞んでおり、半ば幽霊じみた顕現の仕方となっていた。


「やっぱノイズが強いから体薄くなっちゃうなぁ……でも合流出来て良かった」


 体を左右によじっては自身の状態を確認するアリスが不満げに言う。更に、前回、、の探索の時は大丈夫だったのに、とアリスは続けた。


「どうでもいい。早くしろ」


 梁人が苛立ち混じりに促し、アリスはニッと笑みを浮かべる。


「りょーかい、まだ二回目だっていうのに随分手慣れた感じだね。さすがわたしの梁人だよ」


 どのツラ下げてそんな言葉を吐いていやがる、と返したい気持ちをやるべき事を思い浮かべて抑える。


「僕にしか出来ない仕事だ。くだらない感傷を抱いてる暇なんて無い、いいからとっととしろ」


 最早隠しきれていない苛立ちを受けるも、アリスは依然不満げな表情のままと“扉”の方にふわふわと動いて向かい合う。


 アリスの前にある木製の古びた分厚い扉には鍵穴の無い大きな錠前が吊り下げられている。一見無意味に見えるそれすら、この世界では意味を持つ。


 むくれた表情でアリスは、梁人の前方にある扉の鍵を外した。〈ギルト・ギャラリー〉の文字が刻まれた古びた扉は、ぎぃぃと軋んだ音を立ててその口を開いた。

 

 外側からは中は一切認識出来ない暗闇だけが映る。

 入るまでは、何も分からない。

 それがL.O.Wだ。


 梁人が踏み入ろうとした瞬間、アリスが引き留めた。


「梁人、ちょっと待って」


 扉に入ろうとする梁人をアリスが呼び止めた。


「……一応説明しておくけど、わたしたち、、、、、の目的は〈犯人〉の無力化。決して戦って勝つ事は目的じゃないからね? 〈犯人〉は羽海野有数の因子を獲得して超常的な力を手にしてる……天災級のね。だからわたしたちが〈手がかり〉を使って、犯人の正体を見つける。そして因子を回収すれば現実の〈犯人〉の力は失われる──それはもう理解してるよね?」


 事の発端は羽海野有数の分身たるお前も同じだろうが、と梁人は真剣な顔で語るアリスを鼻で笑った。


「ちっ、お前に言われなくても分かってる。二十二の因子、その全てを狩るのが僕の役目だからな」


 梁人は言いながら死神の鎌の柄を強く握りしめ、アリスを睨み付けた。少女は鋭い視線を受けつつも、彼を心配する表情は崩さずに自らの仕事を実行へと移す。


「……じゃあ、行こう」


 実体の無い白の少女と死神たる黒い男が、虚空に足を踏み入れていく、その茫漠の闇の中へと二人の姿が完全に呑まれ、扉は一人でに閉じられていく。


 ◆


 L.O.W。

 ランド・オブ・ワンダー。

 それは無意識が作り出す精神の宇宙。

 魂が混じり合うケイオスの海。


 ニューエイジと呼ばれる擬似宗教的な運動は、古くは神智学に通じる。


 ある者は、人間の無意識は全て繋がっており、深い底で人間の意識は一つの湖へと集約され、魂はその飛沫と言った。


 湖の飛沫たる魂は、情報を集積し再び湖へと還る。


 魂の循環と統一こそが、現人類に課せられた規範。


 故に湖は、凡ゆる思想が共存する宇宙そのものと言ってもいい、または世界そのものだった。


 それが今は、ただ一人の人間の中にだけ内包されている。

 

 その異常さが、世界を壊した。


 

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