眼の眩む夜#2



「私は司令室で待機している。あとはお前の働きに掛かっているシニガミ」


 その言葉を後に、アラバキが去った後梁人達は赤い光の廊下へと歩を進めた。


 収容室への廊下を数分も歩いていると、梁人達の目の前に仰々しい扉が現れた。扉の周辺には監視カメラが四台設置され、扉自体には厳重な機械式の施錠構造体が施してあり、扉上部にはスピーカーが取り付けられていた。


 梁人達が扉の前に立つと、スピーカーからアラバキの声が流れ出した。


『特別収容室を解錠する。警戒を解かず、異常に対してはプロトコルに従い即座に対象の抹殺が許可される』


 その言葉ののち、収容室の重く厳重な扉が様々な機械音を立てて、解錠された。そして扉自体は下へとスライドしていき梁人たちの正面に開かれた空間が現れた。


 より無機質さを剥き出しにした金属製の部屋である特別収容室の広さは、縦横二〇メートル程もあり、収容対象を囲むガラスケースと更に一メートルの間隔を空けてガラスの檻が隔てた二重構造になっている。

 常時四つの大きな照明が部屋の中央の収容対象をスポットライトの様に照らしており、さながら展示された美術品の様な扱いだ。そのちぐはぐさに梁人は妙な嫌悪感を抱く。


 梁人が前へと踏み出すと、二重のガラスの檻の向こう側にいる収容対象の声が二人の側に設置されたスピーカーから、静かだがその裏に隠れた意図に底の知れなさを感じさせる声音が流れ出した。


「こんにちは。それとも、こんばんは? 梁人と複製品アリスちゃん」


 梁人は収容対象を見やる。収容室の中央で直立した簡素なベッドに縛り付けられた状態の銀髪の女が、ベッドごと梁人たちの方を向いていた。女は幾つもの計器類に囲まれ、何本もの管に繋がれている。片目は特殊な機械で塞がれており、もう片方の目だけが笑みを湛えている。


羽海野有数うみの ありす


 収容対象の名前を呟いて、梁人はガラスケースの前に置かれた椅子に腰を下ろすと、羽海野有数と呼ばれた女は微笑する。


「ふふ、久々に梁人の顔が見れて嬉しいよ。ここには何もないから」


「久しぶり、というほど期間は空いてないだろ。つい二日前にもここに来た」


 感情を乗せずに、冷淡な口調で梁人は言葉を返す。


「……私にとっては二日は長いって事だよ。時間の感覚なんてのは、結局人間の基準だからね、アテにならないよ」


 くすくすと笑う有数に梁人は怖気を感じ、話を進ませる事にした。


「事情は分かってるんだろ。『手がかり』は集めてきた」


「あぁ、勿論聞いているよ。──都市一七区画に出現した首吊り殺人鬼、外は随分楽しげだ。あ、そうだ、〈犯人〉の名前教えてあげようか? 代わりに梁人以外の人間は全員殺すけど──どうかな?」


 有数がつらつらと楽しげに語る。一方、梁人はその間、苛立ちを隠して有数の話を聞いていた。


 有数が嘘を吐いた事は無い。仮に梁人がその条件を呑めば、その時点で人類は終わりになる。その事実を、梁人は嫌という程に思い知っていた。


「今更名前なんか聞いたって意味は無い」


「それもそうだ」


 羽海野有数はふふっと笑う。


「ところで」


 不意に、有数はアリスへと意識を向けた。その視線は興味半分呆れ半分といった感情が含まれている。そんな風だと梁人は感じた。


「複製品ちゃんは、私が怖いのかな? さっきから一言も喋ろうとしないね」


 有数の目が再度、笑った。


「自分自身と話すのは気持ち悪くて喋りたくないだけだよ。それに大人の姿、、、、のわたしだって、つまらないでしょ?」


「そんな事ないよ。だって、そっちの私は外に出て、梁人と共に歩いている。その経験は私にはないモノだからね。それが、私をどう変えるのか気になるのさ」


「成程、つまり嫉妬かぁ」


「ふふふ、好きに捉えてくれていいよ。どうせ私たち、、、はこれから繋がるんだから」


 有数とアリスの会話が終わり、梁人はガラスケースの前から離れた。


「無駄話は終わりだ。羽海野有数ども、そろそろ始めろ」


アレ、、と一緒くたにしないで!」


 アリスがむっとした表情で檻の中の羽海野有数を指差す。それを気にした様子もなく羽海野は梁人に視線を定める。

 ぞくり、とする不穏な空気感に梁人は舌打ちして羽海野有数の視線を払う様に眉間に皺を寄せて鋭い目つきで羽海野を睨みつける。


「おや、楽しい会話はもう終わりか、まぁ今はそれでもいいね。それじゃあ始めよう? アリス、梁人」


「早くしろ」


 言いながら、梁人は有数の真向かいに置かれた質素な椅子に腰を掛けたまま、羽海野有数に視線を定める。その隣でアリスが梁人の左手を握った。


 そして、ガラスケースの向こう側、梁人と向かい合うようになっている有数の瞳が変色を始めた。薄紅の大きな瞳が、次第に赤く染まって行く。ライトに照らされた檻の中で、一際美しい真紅の宝石じみた有数の瞳は、まるで本当の美術品の様に輝く。

 同時に、梁人の頭に激しい痛みが広がった。


「ぐっ……!」


 梁人と有数の視線が交わり、直後梁人の視界が歪んだ。視界が吸い込まれる様な感覚と、得体の知れないモノが入ってくる感触。意識を──脳を弄ばれている様な、脳が無理矢理拡張される嫌な感触。それが過ぎると、

思考に一瞬の空白が生まれ、羽海野有数の声が梁人の耳元で囁かれた。


「いってらっしゃい。馬鹿げた世界に」




 ◇



 気付けば、梁人の意識は全く別の空間にあった。

 つい先刻までいた収容室とは違った無機質さを有する部屋。広さも半分ほどになり、部屋には三つの扉と部屋の外周にはオフィスにあったのと同じ黒電話、それとトレイに乗った一つだけのカプセルの錠剤。


 梁人はまず、黒電話を手に取って六二八と決められた番号を手慣れた手つきでダイヤルを回す。すると、受話器からノイズが流れ、数秒をしない内に繋がった。


『接続──大丈夫そうだね──ただいつもより──ノイズが──多い……合流は少し──遅れるかも──』


「そうみたいだな。元よりお前には期待してないから大した事じゃないが」


 受話器の向こうの声はアリスのモノだ。梁人は有数の異能が正常に働いている事を確認して、アリスに返答した。


『それは頼もし──けど──を付けて──ノイズが──って事は──歪形の──って事だから』


 アリスの発言の内容のほとんどがノイズに掻き消されていて聞き取れなかったが、梁人は受話器を置いて、行動を開始した。

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