魔王は文字を書かねばならない! ~書き手の世界日本へようこそ!

神離人

魔王の義務責務

"書きたくない……"

"書きたくない……"

"書きたくない……っっ!"


 時刻はもう午前3時を過ぎている。こんな時間まで起きているからか、めまいを感じる。ここのところ体調がずっと悪いのだ。


"私は魔王なんだ……"

"文字を書く立場などではない……"

"やめてくれ……書かないでくれ……"


 心の声が騒がしい。声を無視するたびに吐き気がする。しかし私は自らの声を封じ込めて書き続ける。


 魔王としての力を失った今、仕事を失うわけにはいかない。私がこの職場を離れれば、同じ職場の部下たちは立場を失ってしまうのだ。私の部下ははっきり言って、この人間社会の職場というものに馴染めていない。魔物ということもあって、奇怪な目で見られている。先輩である私の後ろ盾がなくなれば、社内で孤立してしまうことは目に見えていた。


「書くしかないんだ……!」

"君、うるさいよ"


 心の言葉が出てしまい、上司に注意される。不満げな声を鳴らし、異物でも見るような視線を投げかける上司。これでまたひとつ魔物の評判を下げるネタを与えてしまった。私は即座に頭を下げた。


「申し訳ありませんでした!」

"うるさいと言ったんだ。謝るくらい静かにやれないの?"

「すみません……」


 ふんと鼻を鳴らし、上司は机に向き直る。説教はされなかったので私は安堵した。この上司は怒鳴るような説教をした後、必ず書類仕事を押し付けていくのだ。今日はもう手が震えているので、これ以上の仕事が増えるのは遠慮願いたかった。


 ちらりと上司の方に視線を向けると、先ほどまで上司がいたはずの席には誰もいなくなっていた。


「え?」


 突然の上司の消失に、頭が、熱が出たときのようにぐちゃぐちゃになっていく。しかし取り乱す前に、私は我を取り戻すことができた。今は、私ひとりで残業をしているということを思い出せたのだ。書類と文章のことばかりを考えていて、ついつい心が、いやな上司を求めてしまったのだろう。


 私はふたたび、ペンを走らせる。

 書くべき文章を頭で整理する。

 心を壊してでも、この日本という社会では、書類を書かなければいけないのだ。


"書きたくない……"

"書きたくない……"

"書け……私には書く理由がある。

部下を守るという、義務と責務がある"


 自分に言い聞かせて、ひとつまたひとつと完成した書類を積み上げていく。心身が滅ぼうとも、終わることのない文章作成を続けるしかないのだ。





@あとがき@

 今回の小説は「テーマに沿って書く」ということを徹底するつもりだったのですが、想定外にカッコよくなったので早めに書き終えて、テーマは諦めました。本文執筆前に書いた"本作の方向性"を載せておくので、まあ見てください。



【重要】

①テーマ『文章を書くことの虚しさ』

②目標「読んだ読者全員は、小説や書類や文字に後ろめたさを感じる」

③キャラ、設定、ストーリーを、テーマに沿って書く


【その他方針】

①幅広い層に理解があるものを題材にする

②子供でも闇落ちできるシンプルな作品

③暗い笑顔が恋しくなる中毒性

④過激な表現は使わない



 敗因はすでに分かっていて、私の大嫌いな「義務」「責務」「自己犠牲」「捨て身」「他者利益」という行為が、創作上だとカッコいい行為だったりするんですよね。鬱な展開のために嫌な要素を詰め込んだのに、感性というものは本当に頭がおかしいのだと思います。

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