緑のたぬき
六花
第1話
中二の冬。些細な事で親とケンカして俺は家出した。
友達の家に行けばすぐに居場所がバレてしまうから行くあてもなくウロウロして辺りが暗くなった頃にたどり着いたのは昔よく遊んでいた近所の公園。
小さい時は広く感じていたのに今では狭く見える。
ひとまず人目を避け、寒さを少しでも凌ぐ為にドーム型の遊具の中へ入って膝を抱えて座る。
「さみぃ……」
地面に直で座っているから底冷えが半端ない上にドームには幾つも穴が空いているからあまり寒さを凌げていない気がする。
どうせ家出するならもう少し暖かい時期にすればよかったと今更ながら思ってしまう。
「はぁ……マジで寒い。でも、家に帰りたくねぇなぁ……」
身を震わせて葛藤していると、外側から声をかけられた。
「ため息をつくと幸せが逃げちゃうぞ?」
顔をあげて声のする方を見ると正面の上の方の穴から3つ歳上の近所の姉ちゃんが笑顔で顔を覗かせていた。
「緑姉ちゃん。どうしてこんなところに?」
「バイト帰りに
「ははは……もうバレちまった。こんな近くに家出するんじゃなかった」
「ねぇ? おウチに帰ろ?」
「嫌だ。まだ帰りたくない」
「でも、外は寒いよ?」
「寒くても平気さ」
自分で言ってて情けなくなるくらいの駄々っ子ぶり。中二にもなって何をやっているんだ?と思うけど俺にも意地ってもんがある。
「もー、蕎ちゃんは意地っ張りなんだから〜。しょーがないなー。じゃあ私のおウチに行こ?」
「緑姉ちゃんのウチ?」
「うん。一人暮らしだから私が連絡しなければバレないから。蕎ちゃんが居たいだけ居ればいいよ」
「でも、それじゃあ緑姉ちゃんの迷惑に……」
「そんなのいいから行こうよ。ウチに来ないなら泣いちゃうよ?」
「わかった。行くから泣かないで」
昔から緑姉ちゃんは俺に何かあるとすぐに泣く。泣かれる度に宥めるのを苦労したもんだ。
「よし、決まり! じゃあ、私のおウチに向かってレッツゴー!」
手を引かれ緑姉ちゃんのウチに着き、ちゃぶ台の前に腰をおろす。
「ねぇ、お腹空いてない?」
「少し空いてるかな。夕飯食べてないし」
緑姉ちゃんはキッチンの方のから持ってきた物を俺の前に突き出してきた。
「じゃじゃーん! 蕎ちゃんはどっちにする?」
右手には赤いきつね、左手には緑のたぬき。メジャーなお手軽カップ麺だ。
「私的には緑のたぬきがオススメだよ! 緑なだけにね!」
「オヤジギャグかよ……。じゃあ、緑のたぬきで」
「さすが蕎ちゃんはわかってるな〜! 私も緑のたぬきにしよっと!」
「2種類持ってきた意味は!?」
「特にないよ。赤いきつねを選んでたら戦争だったけどね」
ケタケタと笑ってキッチンへ行き、お湯を入れて戻ってきた緑姉ちゃんは俺の向かいに腰をおろしてジッと見てくる。
「なんだよ、顔に何か付いてるか?」
「んーん。蕎ちゃんも家出する年頃になったんだな〜って思ってね」
「家出に年頃も何もないだろ」
「それもそうか〜。もう5分経ったから伸びない内に早く食べよ?」
「そうだな」
俺達は付属のかき揚げの封を切り、カップの中へ入れて食べ始める。
「私はこのかき揚げをつゆにどっぷりと浸してふにゃふにゃにするのが好きなんだ〜。蕎ちゃんもやってみて! きっとハマるから」
「やらねぇよ。俺はサクサク派だから」
「むぅー。蕎ちゃんのイジワル」
頬を膨らませて怒る緑姉ちゃん。時々こういった子どもみたいな行動をするのが何だか可愛いと思える。
「イジワルで結構」
照れ隠しも兼ねて返答したら、緑姉ちゃんは膨れた顔をしたまま俺の隣にやってきた。
「蕎ちゃん!」
「な、何だよ?」
「ちょっと目を瞑って!」
「は? 何で?」
「いいから! 早く!」
何だか怒っているみたいだから言われるがままに目を閉じてみる。
「これでいいのか?」
「私がいいって言うまでそのまま目を瞑ってて」
一体何なのだろか。怒っている感じだったから叩かれたりするのかな? それとも怒っているのはブラフで本当はキスをする為とか……。
色々な考えを頭に巡らせソワソワしながら待っていると、何もされずに声をかけられた。
「もう目を開けていいよ〜」
目を開けると緑姉ちゃんは元の位置に戻ってまた緑のたぬきを食べ始めていた。
「さっきのは何だったんだよ」
「別に何もないよ〜。そんな事より、早く食べないと伸びちゃうよ?」
「ったく、緑姉ちゃんが目を閉じろって言ったんだろ……あっ」
俺も食べ始めようとしたら異変に気付いた。
「やられた」
俺のかき揚げはつゆを吸いに吸い、ふにゃふにゃになっていた。これが目的でわざわざあんな行動をしたなんて高校生にもなってイタズラ根性がすごい。
「どうしたの? 早くそのふにゃふにゃのかき揚げを食べなよ。ぷぷぷ」
笑うその姿はイタズラが成功したイタズラっ子そのもの。可愛いやら小憎たらしいやら。
「はいはい、食べるよ。食べればいいんだろ。……おっ? これは以外と……」
ふにゃふにゃになったかき揚げは以外と美味しかった。伸びない内にさっさと食べ終え一息つく。
「ふぅ……ご馳走様。緑姉ちゃん、ありがとう。美味しかったよ」
「私はお湯を入れただけなんだけどね。どう? ふにゃふにゃもよかったでしょ?」
「まぁたまにはふにゃふにゃで食べてもいいかなーって思ったよ」
「素直に気に入ったって言えばいいのに」
「やだね。でも、美味かった」
「そっか。ねぇ、蕎ちゃん」
「ん?」
さっきまでと表情は変わらないけど何だか緑姉ちゃんの雰囲気が変わったようにみえた。
「緑のたぬきは美味しいけど、美味しかったのはそれだけじゃないんだよ?」
「どういう事だよ?」
「私と一緒に楽しく話ながら食べてたから更に美味しくなったんだよ」
「緑姉ちゃんと……?」
「私じゃなくても誰かと楽しみながら食べるご飯は美味しいものなの。私の言いたい事わかる?」
「もしかして、俺が家出した事を……」
「そうだよ。きっとおばさんとおじさんは蕎ちゃんが居ないからいつもよりご飯が美味しく感じていないと思うの」
「そんな事あるかなー?」
「あるよ!」
緑姉ちゃんはちゃぶ台に手をついて身を乗り出すようにして強く言葉を放った。
「どうしたんだよ、急に」
「ごめんね。私は親とケンカなんて出来ないから……」
「あっ……ごめん」
元々放任主義だった緑姉ちゃんの家。緑姉ちゃんは親と折り合いがつかなくて高校にあがったからそれを機に一人暮らしをさせられているって聞いた事がある。
「俺、帰るよ」
「え? 急にどうしたの? 私、蕎ちゃんを怒らせちゃった?」
「そんなんじゃねぇよ。ウチの親、俺が居ねぇと寂しがってるかもって思ったから」
「蕎ちゃん……」
玄関へ歩いていく俺についてきて見送りをしてくれる緑姉ちゃんに背を向けたまま話しかける。
「これから時々ここにご飯食べに来るから」
「え?」
「緑姉ちゃん一人でご飯食べるの寂しいだろ? だから俺が一緒に食べてやるって言ってんの」
「……ありがとう」
「今度はかき揚げをふにゃふにゃにしないでくれよな。俺はサクサク派なんだから」
「それはダメ〜」
ダメだと言う緑姉ちゃんの声は明るく弾んでいた。
「じゃ、また」
「うん、またね」
緑姉ちゃんの家を後にして俺はウチへ帰った。
あれから週に3回は緑姉ちゃんと一緒にご飯を食べている。料理が上手くないのか、毎回カップ麺だけど嫌だとは思わない。
この楽しい時間のキッカケをくれたのがカップ麺の緑のたぬきだから。
緑姉ちゃんなだけに緑のたぬきなんて、今思えば上手いこと言ったもんだ。
緑のたぬき 六花 @rikka_mizuse
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