エピローグ
最終話 これから
あれから数年が経過して俺の出所日になった。外の様子はよくマスターが教えに来てくれたおかげで、ある程度理解している。
あの後、俺が起こした事件は長い間ニュースで報道されたらしい。たびたび聞こえてくる怒声や近所付き合いの悪さ。生前の母に行われたDVの発覚や俺の痣を考慮して、俺の話が真実と判断されたのだとか。
ストレス発散のために記していた殴り書きの手帳も見つかったらしく、あれを読まれたとなると結構恥ずかしい。
それにしても二人はどうしているのだろう。月日を考えると今頃大学生だ。
悔しいが、俺よりその男の方が
「お世話になりました」
「もうここに来るんじゃないぞ」
最後は刑務官に頭を下げてから門を出る。出所後は「シャバの空気が美味しいぜ」と言うらしいが、どうにもそういう気分にはなれない。これからどうしようか悩んでいると、俺の目の前に一台の車が止まった。窓からマスターの顔が現れる。
「よ、迎えに来たぞ」
「本当に来てくれたんですね。暇なんですか?」
「失礼だな。わざわざ今日を休みにして来てやったというのに。ほら、乗れ乗れ」
「ありがとうございます」
言葉に甘えて乗りこむ。車が発進すると俺は外の景色を眺めていた。ここ数年は特に技術が進歩したわけでもなく、変わったことはあまりないらしい。強いて挙げるならスマホやゲームの新機種が登場したぐらいだとか。
しかし数年ぶりの外の景色は、確かに変わってしまっていた。そりゃ当然か。世界は日々小さく変わっているんだから。
「どうだ? 数年ぶりの外の世界は」
「別物ですね。『フォレスト』もやっぱり変わったんですか?」
「もちろん! 今じゃ毎日繁盛で困っているぐらいな。はっはっは!」
「それはよかった」
俺がいない間に潰れたなんて洒落にならないからな。
――
思っても口に出すことはできなかった。今でもはっきり覚えてる。俺はあの日、自分のエゴのために
「死にたくない」という言葉を。池で「死にたい」と零していた気持ちが変化してくれたのか、確認したかったのだ。今にして思えば本当に馬鹿らしい。あいつを殺した後で精神的にもおかしくなっていたんだろう。
もし
「ほら、着いたぞ」
停車して地面に降りる。外の景色は変わっていたが、ここがどこなのかは分かった。
「『フォレスト』も随分オシャレな店になりましたね」
「だろ? 一杯飲んでいけよ。今後の話はそれからでも遅くない」
懐かしいドアベルの音を立ててマスターが中へ入っていく。ドアに付けられた札は『CLOSED』となっていた。
少し寂しさを覚える。店が休みということはバイトもいないからな。期待してしまった分ダメージが大きい。
だが、たまにはマスターと二人きりというのも悪くない。
歓迎されてるような鈴の音色と共にドアを開ける。するとカウンター席を拭いていた女性がこちらにくるりと振り返った。
黒い長髪がふわりと浮き上がり、真っすぐ見つめてくる瞳が俺の鼓動を加速させる。この胸の痛みは何度感じても心地よい。彼女は俺の姿を確認すると笑顔を咲かせた。
「おかえりなさい!
死にたい私の手を取るキミは 西影 @Nishikage
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