第60話『新たな大陸へ』


 祝勝会から数日後、アグラスさんが使いとしてやってきて、俺たち三人は城に呼ばれた。


 先日聞いた通り、リシュメリアの動きが活発になってきているらしく、これまでに比べて城内が慌ただしい。大臣たちが右往左往しながら、防衛網の再構築がどうこうとか、どこそこで飛行艇を見たとか、そんな話をしていた。


「これが渡航許可証だ。きちんと、ソラナの分もあるぜ」


 そんな中、軍会議をそのまま抜け出てきたらしいゼロさんは疲れ果てた顔を必死に取り繕いつつ、俺たちに渡航許可証を渡してくれた。立派な紙には王家の捺印とともに、俺たちの名前が書かれていた。


「これ、ホントにあたしがもらっちゃっていいの?」


「気にすんな。ちょっと細工したが、大したことじゃねぇよ」


 ゼロさんは汗をぬぐいながら言う。ソラナの手にある書類をよく見てみると、俺の義理の妹ということになっていた。なんでもいいけど、こいつが妹……。


「……ゼロさん、顔色悪いけど、大丈夫?」


「ああ……祝勝会から数日、ほとんど寝れてねぇ。ひたすらに会議、会議だ。まだ、守護者と戦ってた方が楽かもな」


 本当に大きなため息を吐き出しながら、ゼロさんは天井を見上げる。そして「今の俺にはこれくらいしかできねぇ。ウォルス、旅の道中、しっかりと二人を守ってやるんだぞ?」と続けた。


 思わず「ルナはもちろん守るけど、ソラナは守らなくても平気だろ」と言葉を返すと、ルナが「ソラナちゃんだって女の子なんだから、そんなふうに言っちゃ駄目だよ」と憤慨していた。どうしてルナが怒るんだろ。


 そんな俺たちを見ながら、「お前ら、大丈夫だと思うが仲良くしろよ」とゼロさんが苦笑する。続けて「それとな、この親書をオルフェウス大公殿下に渡してくれ」と、立派な便せんに入った手紙を俺に渡してくれた。


「親書?」


「オルフェウス大陸で一番大きな国、オルフェウス公国とラグナレク王国は同盟関係にあってな。この親書を持っていることで、ラグナレク王国がお前らの身分を保証してるってことになるわけだ。いわば、お前らは親善大使だ」


 その親書を持って戸惑い顔をしている俺たちへ、ゼロさんがそう説明をしてくれた。なるほど。親善大使か。


「その親書の中に、月の巫女や月の神殿についても書いておいた。大公殿下、きっと力になってくれるぜ」


 そう言いつつ、ゼロさんが笑顔で親指を立てる。そして「俺も手が空いたら追いかけるから、それまで頑張ってきな!」と送り出された。


 それがいつになるのかわからないけど、それまでは俺たちだけで頑張ろうと心に決め、俺たちは城を後にした。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 定時の馬車に乗って王都を発ち、北に伸びる街道を進むと、すぐに灰色の建造物が見えてきた。


 城壁と同じ材質で作られているらしい建物の周辺には何人もの人がいた。親子連れ、商人っぽい人、旅人と、その風貌も様々だ。


「ここに『ゲート』があるんだよね? それらしいもの、何も見えないけど」


 他の乗客に続いて馬車を降り、ルナが不思議そうな顔をしていた。


「あの建物の中にあるのよー。あー、気持ち悪ぅ……」


 そんなに長い時間馬車に揺られていたわけじゃないが、ソラナは馬車酔いをしていた。何度も乗っているうちに俺はだいぶ慣れてきたけど、ソラナはまだ慣れないみたいだ。


「中に入ってすぐに受付と待合所みたいなのがあって、そこで手続きしてたわよー……で、受付が終わったら順番待ちして、大陸移動するの」


 ルナに支えてもらって歩きながら、ソラナが教えてくれる。手段はあれだけど、一度使ってるだけあって、頼りになるよな。



 建物内に足を踏み入れると、ソラナの言う通り待合所と、受付のカウンターが目に飛び込んできた。その奥にはゲートを利用する人を標的にしてか、食料品や土産を売る商人の姿もある。


「ゲートを利用される方は、まずこちらで受付をお願いしまーす」


 馬車に乗ってきた俺たちを見つけたのか、受付の女性が大きな声で告げる。明らかに気分が悪そうなソラナと、その介抱をするルナを待合所に残し、俺は三人分の渡航許可証を持って受付へと向かった。


「ありがとうございます。ラグナレク王家発行の渡航許可証、確認いたしました。では、こちらの書類にお名前をお願いします」


 受付の女性はそう言って、一枚の紙と羽ペンを差し出してきた。俺はそこに三人の名前を書き入れようとして……ソラナの名前の所で筆が止まった。


「なぁ、ソラナの本名ってなんだ?」


 俺は紙と羽ペンを持ったまま、待合所に取って返す。基本、この手の書類はフルネームで書かないといけない。俺の場合はウォルスターク、ルナの場合はルナディア……といった具合だ。


「本名……あー、アルソラナよー。アルソラナ・エッジアース」


 まだ気分が優れないのか、青い顔で答えてくれる。アルソラナか。やっぱり種族が違うと、名前の感じも違うよな……なんて考えながら、俺はソラナの名前を書類に書き記した。



「……よし、それじゃ、準備はいいか?」


「いいわよー」


「なんだか、少し緊張するね」


 ソラナの気分が良くなるのを待ってから、俺たちは大陸間移動に挑む。


 名前を呼ばれてゲートへ進み入ると、そこには巨大な魔法陣が広がっていた。月とか太陽とか、よくわからない文様が描かれているけど、この上に乗って転移するらしい。


 じっと見ていると、魔法陣の中に吸い込まれそうな気がして、俺は思わず天井を見上げる。すると、そこにはあるべき天井はなく、青空が広がっていた。あれっ? ゲートの上だけ、天井がないのか?


「それでは、大陸間移動を開始します。ウォルスタークさま、他二名でお間違いありませんね?」


 声がした方を見ると、受付の女性とはまた違う女性が魔法陣の傍に立ち、何やら魔導書のようなものを持っていた。あの本がゲートを起動させる魔導具なのかな。


「行き先はオルフェウス大陸。確認になりますが、お忘れ物などはございませんか?」


「は、はい。大丈夫です。よろしくお願いします」


「……そんな緊張しなくても大丈夫ですよ。むしろ、鳥になった気分で楽しいですから」


 平静を装ったつもりだったけど、声で緊張が伝わってしまったようだ。隣のルナも不安なのか、いつの間にか俺とソラナの手を取っていた。


「それでは、オルフェウス大陸へ向けて転移します。お気をつけて」


 女性がそう言いつつ本を開くと、魔法陣から強い光が溢れはじめた。思わず足に力を込めた矢先、体が持ち上げられるような感覚が全身を襲い、俺たちは空へと投げ出された。


「え?」


 直後、俺とルナの声が重なった。偶然手を繋いでいたので離れ離れになるようなことはなさそうだけど、突然の出来事に頭の整理が追いつかない。


「おおおおお!?」


「わああああ!?」


 鳥よりも、雲よりも高く飛び、これまで受けたことのない強い風を受けながら、俺とルナは全力で叫んでいたと思う。


 一方、ソラナは一度経験があるせいか、「原理はよくわかんないけど、変に落ちたりはしないから大丈夫よー」と、至って冷静に言っていた。


 言われて少し落ち着いてみると、どうやら空に見えない道が敷いてあって、俺たちはその上を滑るように進んでいるらしい。安全だとわかると、なんだか少し楽しい気分になってきた。


「すごい。なんだか、鳥になった気分」


 隣のルナも落ち着いたのか、今の状況を楽しんでいるようだった。あの魔法陣から発せられた力なんだろうけど、すごい技術だ。


 ……しばらくして、顔に当たる風が急に生暖かくなり、大気に砂埃が混ざるようになってきた。オルフェウスは砂漠の大陸だって聞いているし、そろそろ近づいてきたみたいだ。


 ラグナレク大陸からどれだけ目を凝らしても、見る事すらできなかった別の大陸が、もうすぐ近くにある。もちろん不安がないわけじゃないけど、俺たちなら、きっと何があっても乗り越えられる。


 そう信じて、俺たちは新大陸へと降り立った。



             --スカイラグーン 第一章『ラグナレク大陸編』・完

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スカイラグーン-幼馴染と世界の危機を救う話- 川上 とむ @198601113

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