下らない紙芝居

静寂を切り裂くようにひとつの銃声が鳴った。それに呼応して、たくさんの足音がこちらに向かってくる。


釣れた。ニヤリと口角がつり上がり、私はスっと排気口に隠れた。


施設の至る所に繋がっているその排気口に隠れた理由は主に2つ。1つ目はどこにでも繋がるという先の理由、2つ目は排気口に隠れたという事実、もとい痕跡を残す為。



埃だらけの中で人が通ればその形跡が当然残る、足跡も残る。


その排気口に敢えて痕跡を残していく。幼稚だが、これがミスリードとなる。


それを辿った先の部屋にガストラップを設置しており、そのまま容易に殺害できる。


誘導する部屋は2つで、それ以外の排気口は事前に塞いでいる。今開いてるのは上記の誘導のための部屋、そして入ってきた場所。この3箇所だ。


そして、自分はその入り組んだ排気口を辿って入ってきた部屋に戻り、口にシールした。




…案の定、ふたつの部屋から咽ぶような声が聞こえてくる。毒ガスが効いているのだ。


「だが、少し上手く行きすぎている感が否めないな。まるで誰かに…」


そう考えていると背後からうなじをシンと刺すような殺気を感じ、急いで飛び退く。


先程まで私がいた場所はクレーターのように抉れている。居たら、あそこでミンチになっていただろう。


「まさか、貴方が裏切るとは思っていませんでしたよ。巴御前さん」


その男の笑みはあまりにも不快で薄気味が悪かった。その言葉は失望を意味するが、そこには一切の失望感が含まれておらず、どこまでも優しげで身体を舐め回されるような気色の悪さを私に与えた。気色の悪さは彼の人間性から放たれるもので、嘘、虚栄、虚飾で塗りたくった存在。何層にもそのみすぼらしい虚偽の面を重ね、さもしさを覆い隠す下卑たクズだ。


服装はやはり公の人と言った感じで清潔感に溢れている。細部に至るまでしっかりと手入れされた清潔さで、身なりで人を見る人間は一瞬で騙される。


騙されたら、本来の人間性との乖離につけ込んで、自らの思い通りに物事を進める。


こう言いたくはないが、彼は才能ある人間だ。世渡りにおいて、ここまで才能に溢れた人間はそう居ないだろう。問題は、長所は短所と表裏一体ということだ。


彼に会話は無意味だ。ここで彼を落とせないのなら、暫く動けないような何かをしなければならない。何せ、目的はここの破壊工作ではなく、情報を得ることだ。


「あらら?今、退こうとしましたか?」


ニタニタと汚らしく笑う彼に心底嫌気が差すが、残念なことに言っている事は正解だ。私は今撤退を選択したが、彼は読んだ。というより、感覚的には見透かされたという方が正しいような気もする。


彼は心底悲しげな顔をしながら咎めてくる。


「いけませんねぇ、貴方ともあろう者がそんな弱腰で私に背を向けようとは。落ちぶれたものです…いや、貴方はそもそも落ちぶれた貴族階級でしたっけ?」


内心穏やかではないが、ここでこいつの首を取ったところでなんになると理性で押さえつけるが、どうしようもなく顔に出る。


歯を食いしばり相手の顔を睨みつけるその様が既に私のプライドを傷つける。


それをヘラヘラと笑いながら右手に持ったピストル形状の何かをこちらへ向ける。


パッと見でもピストルのように見えるが、どうやらそうでは無い。推測の域を出ないが、それは先程足元を抉った何かだろう。


私は警戒しながら後退する。下がろうとするが、少しずつ引き絞られるその引き金に冷や汗が頬を伝った。


カチリ、そんな音と共に気味の悪い音が辺りを侵食する。


私は逃げた。瞬間的に反応しその場から退避する。


(不味い不味い不味い…!)


奴が手に持つ物は異物だ。この世の理に反している。


この世の理、つまりは物理学に反しているのだ。


射程が幾らかすら想像がつかない。それだけのイレギュラーが目の前で次の攻撃の準備をする。このままでは死ぬかもしれない、その予感が『かもしれない』から『だろう』へと昇華された。


(ただ逃げるだけではダメだ。ここで、今すぐ何かしらの手を打たなければ任務の続行は不可能だ)


私の焦りを彼はなおも嗤い続ける。


「いいじゃないですか、巴御前さん。少しくらい私とお話してもいいでしょう?さっきから一言も話さず喋らず、寡黙に私を睨み続けるだけ、どうせ私には抵抗できないんだから」


「…そうか、いいヒントを貰った。感謝する。アルカ・ノイマン、お前の敗因はその閉じることの無い口だ」


私は颯爽と彼の眼前に肉薄し、背負い投げて鳩尾へ一撃を叩き込んだ。彼はそれだけの事で気を失う。それはそうだ、彼はなんの訓練も積んでいない、私たちの界隈からすればただの一般人。ど素人と何ら変わらない。


「怖いのは、最初から貴様ではなくその手に持った獲物。これは頂いていく」


私はその拳銃型の異物を自らの懐へしまい、その場を後にした。

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