朝倉滅亡編
第1話 羽柴秀吉と本能寺の変
/色葉
天正十一年六月二日。
わたしはこの日に一度死んだ。
京の都にある、本能寺。
ここを襲撃した
二条城にはわたしの夫であった朝倉家当主・朝倉
当時、朝倉家は
さらに
越後と
天下はほぼ目の前にぶら下がっており、その制覇はあと僅かだった。
ただこの情勢下にあって、中国の
それが本能寺の変だった。
織田信長が滅んだ後、朝倉家臣となっていた明智光秀は突如謀反を起こし、わたしを本能寺にて攻め殺したのである。
見事にやられてしまった。
わたしはここで死んでしまったが、そのあとはどうなったのか。
これより先は、語り聞いた話である。
/
天正十一年六月十一日。
中国大返しも佳境を迎えていたその日、羽柴勢は
「殿、織田
疲労困憊の羽柴秀吉にそう報告してきたのは、その参謀的存在であった、
「む? それはいかんな……」
秀吉は疲労の色を引っ込めると、やや気を引き締めた。
織田信孝は京で討たれた織田信忠の弟である。
長宗我部に対する四国征伐を、朝倉家によって命じられたのは織田信忠であったが、その信忠の代行として総大将の任にあったのが、信孝であったのだ。
その信孝率いる織田勢は約一万四千余。
しかも渡海するために摂津大坂に駐屯しており、ここは秀吉の本拠地である大坂城の膝元でもある。
そして変の起きた京に近く、そして周辺ではもっともまとまった軍勢を有していたといえる。
秀吉にとって、信孝の動きは無視できないものになるはずだった。
「しかしこちらに来た、ということは……」
「いかにも。京には進軍しなかったようにございます」
にやりと孝高が笑う。
秀吉ですら引くほどの、野心に満ちた笑みだ。
「……まあ、信孝殿の兵は一万四千。光秀もそのくらいは集めておるだろうから、分の悪い勝負はしない、ということか」
「というより、
「それは……何ともはや、であるな」
これでは勝負にならず、如何な信孝でも援軍を待つより他に無かった、という次第である。
京に近すぎたことが、逆に仇になった、ということだろう。
「されど、どうしたものかな?」
「と、おっしゃいますと?」
「総大将の件だ。信孝殿はわしに合力してくれる心づもりじゃろうが、総大将を誰がするか、決めねばならん」
「……なるほど」
これは大事なことだった。
誰の名によって、明智光秀を討つか。
これは非常に重要である。
「光秀殿を討つ大義名分としては、信忠殿の仇討ちということで、信孝殿の方が適任じゃからのう。わしは今のところ、部外者のようなものであるし」
ここで光秀を討てば、一気に勢力を拡大できる好機なのは間違いない。
が、羽柴家の所領自体では問題は発生しておらず、そもそも光秀と明らかに敵対関係とはなっていない。
もちろん、先方は警戒しているだろうが。
「ここでしゃしゃり出ては、漁夫の利と陰口を叩かれぬかのう」
「殿、勝てば官軍ですぞ。……が、確かにうまくはありませぬな」
ここで孝高はしばし考え、しばらくしてから小さく頷いてみせた。
「では殿、此度の戦は仇討ちを名分に、総大将の任を信孝殿にお譲り下さいませ」
「それで良いのか?」
「兵の数からいっても、実際に総指揮を執られるのは殿であること、これは揺るぎませぬ。そして総大将といっても、それは名目上であるということを周知させれば、さほど問題もないでしょう。信孝殿は
「茶番と思う輩もいるであろうがの。ま、良いか。委細は任せるぞ」
「ははっ」
こうして秀吉は実質的には織田信孝を従えて、先へと急いだ。
そして山崎の地に到着したのが六月十三日のこと。
秀吉は到着までの間に兵を搔き集め、やや烏合の衆のきらいはあったものの、その数だけは実に四万に膨れ上がっていた。
対する明智光秀は京を掌握した後、自らの本拠のある近江の制圧をまず優先したらしい。
近江国は朝倉家の領する地であったが、北近江はともかく南近江は日が浅い。
そのため南近江を任されていた
この第二次山崎の戦いにおいて、兵力で勝る羽柴勢の優勢は動かず、明智勢は敗退。
光秀も
決戦の勝利後、明智の残党を討伐し、一応の治安を回復した秀吉は京に入り、その支配権を掌握。
まずこの時点で朝倉領であった山城国が、事実上秀吉の手に落ちる。
「……なるほど。
「そのようにございます」
状況が明らかになるにつれて、次々に悲報が届けられていた。
変事の犠牲者の中に、あの松永
久秀は丹波と京を任されていたが、丹波は嫡男である松永
朝倉晴景・色葉夫妻の上洛に際にもこれを接待し、当日は本能寺にあったことで難に遭ったという。
「……松永殿は不気味なご老人であったからのう。残念なような、ほっとしたような」
「ともあれおかげで京の平定も、我らが主導で滞りなく行うことができました。朝廷からも、逆賊討伐も祝賀の使者が参るとのことですから、後でお会いしていただかねばなりません」
「時間は惜しいがやむを得んか」
きびきびと報告をこなす孝高に応えて、秀吉はさすがに疲労を隠せずにいたが、しかし本番はこれからである。
「そろそろ朝倉や織田も何かしらの反応を示す頃だろう。情報収集は怠るな」
「はっ」
「あと丹波のことだが」
秀吉が言いたいことを察した孝高は、問題無しとばかりに頷いてみせた。
「お任せ下され。全て手筈は整っております」
「むむ? そうか。いや、どうするつもりなのか、一応聞いておくか」
聞けば明智方の兵の大半は、丹波衆であったという。
光秀は丹波
つまり今、丹波は城主不在にて非常に不安定な状態になっている、ということになる。
これを放っておく手はないというものだ。
「京には明智殿の与力であった
「ほう、藤孝殿が。それは殊勝。しかも冷静な判断だ」
細川藤孝の嫡男・
しかし変の後、光秀による再三の協力要請に応えず、自ら剃髪して隠居し、身を守ることに専念したのである。
実際この行動は正解であったといえるだろう。
光秀は敗死し、また織田信長の甥で信忠の従兄弟にあたる
「この機に藤孝殿を懐柔し、取り込まれるがよろしいかと」
「うむ。あの男は使えるゆえ、もったいないことはせぬぞ」
「いっそのこと、この京の暫定統治をお任せになればよろしい。感激するでしょうし、その上で丹波や近江への調略を行わせるのです」
「ふむふむ。なるほどの」
秀吉はこれを受け入れ、とにもかくにも自身の地盤である畿内の安定に努めたのである。
あとがき↓
https://kakuyomu.jp/users/taretarewo/news/16816700429437227539
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