第二十四話 亡骸の部屋

「この部屋みたいだね」


 亡骸の部屋の前に到着した僕たちは顔を見合わせる。

 部屋の前からでもわかるくらい嫌な気配がしていて、僕の眼には靄のような黒い穢れがうっすらとだが、戸の隙間から漏れ出しているのが視える。

 ほんの数日しか経っていないのに、ここまで穢れが視えてしまうというのは早すぎる。二人にも視えているようで、顔を顰めている。


「開けるよ」


 戸を開けた途端に亡骸から発生していた穢れが流れ出すけれど、あかりが即座に鈴を鳴らして対処。その瞬間、頭上から視線を感じた。


「……最初に決めた通りに動くよ」


 気が逸れかけた二人に注意して、亡骸のある部屋に入る。

 閉め切られた室内は、最初真っ暗で何も見えなかったけれど、部屋に入ったあかりが残った穢れを浄化したことで、室内の様子がはっきりと目に映る。

 穢れや瘴気などに満ちてさえなければ、僕たちならば問題なく視える。


 最初の部屋は畳が敷いてあって、一見すると純和風の普通の部屋のようだ。

 だけど部屋の中央には幹也が言っていた通り、動物たちの亡骸が積まれている。


 ――あれ? 幹也は部屋の四隅に積まれてたって言っていたような?


 そんな疑問がふと頭に浮かぶけれど、別の部屋なんだろうと頭の片隅にだけ留めておき、亡骸の回収を始めた。流石に素手で亡骸に触れる気はないので、用意してきたゴム手袋をしている。


「……うげっ」


 持ち上げた瞬間、亡骸からは生理的に嫌悪するような臭いが漂ってきたが、一見するとまだ腐ってないように見える。

 明らかにおかしいと違和感を覚えるが、一先ず作業を優先して進めよう。


 神仏郷国から回収用にと支給されたビニールサイズの袋は、チャックが付いていて、中身が見えないようになっている。内側には穢れを吸収する霊符が張られていて、外に穢れが漏れださないようにしてあった。

 蛇や猫などの大きめな動物は別々の袋に入れ、虫や鼠などの小動物は一纏め。念のために臭いが漏れ出さないように、更に袋に入れる。


 僕が亡骸を集めている間に、あかりも戸袋と呼ばれる雨戸を仕舞う場所に手際良く雨戸を入れていた。

 開けた時に外から入り込もうとしてくる瘴気は結界の前に弾かれ、外から少しだけ風が部屋に入り込んでくる。部屋内に溜まっていた埃が宙を舞い、亡骸から発生したであろう嫌な臭いが微かに漂う。


 ――そういえば部屋に入った時、臭いって……してたっけ?


 そのことに気付いたが、既にこの部屋の亡骸は片付けてしまっている。確かめるには次の部屋からしかない。次の部屋に入る前に特製の臭い消しで、僕たちについた臭いを消してから確かめないと駄目だね。


 そう判断しながら、僕はある一点を確認する。

 ……この部屋を片付けたら、これも含めてあかりたちに相談した方がよさそうだ。

 幹也にも確認を取っておきたいけど、今は部屋の浄化を優先しよう。


 純が経を読み終えたら、僕は亡骸の入った袋を玄関まで運ぶ。その間にあかりと純が部屋内に穢れや瘴気を吸収する霊符と簡易の結界を張っていく。雨戸は帰るまでそのままにしておき、窓だけ閉めて部屋内に光を入れ続けておくことにした。

 浄化が終わるまで何事もなかったので、次の部屋へ向かう前に先ほどのことを二人に伝える。僕の言葉を聞いた二人は少し考えるも、このまま浄化を続行することになった。


 ◇


「――ふぅ。これで亡骸のある部屋は終わりだよな?」


【これで最後のはずだよ。二人ともお疲れ様】


 最後の亡骸の部屋を後にして、軽く伸びをする純に、僕もお疲れ様と声をかけた。

 結局、ここまで妨害が入ることはなかった。

 むしろ僕たちを監視していたモノの表情や幹也からの情報から考えると――いや、楽観視して二人に危害が及ぶのは駄目だ。それよりも一旦ここまでの情報共有をした方がいいか。

 そうなると、怪異が何時出るかわからない家の中よりも、外で休憩を取りながらの方がいいね。


「玄関に置いてある袋を外に運んだら、少し休憩しようか?」


 僕のその提案に二人は了承した。

 玄関まで運んでおいた袋を敷地内から運び出した僕たちは、袋の回収をしてもらうように純が連絡して、その間に幹也にさっき気付いたことの確認のためにハイドでメッセージを送っておく。


 純からの連絡を受けて、待機していた柳さんがすぐにやって来た。

 柳さんは、僕たちの前に積まれた亡骸の入った袋の量にギョッとしていたが、すぐに車に積み込むと、動物供養専門の寺へと向かっていった。


 それを見送った僕たちは、家から少し離れた所に移動する。

 家の敷地内から離れると、僕たちを監視していた視線はなくなり、疲れたと純はその場に座り込んだ。

 その様子に苦笑したあかりは、会話を聞かれないように結界を張る。

 僕の察知能力は霊視頼りだから正直助かる。お守りを手放せばまた別の方法で察知することができるけど、それは絶対にやらない。


「凪さんに言われてから俺も注意したけど、確かにその通りだったな」


【うん。私も確かめたけど、入った時には何も臭いはしなかった】


「だけど僕が亡骸に触れてから臭いが漂い出した」


 休憩しながらそれぞれ情報共有を行う。

 亡骸が腐ることで発生する死臭と呼ばれるものは、表現するのも難しい程の酷い臭いで、簡単に気付くものだ。だけど臭いに初めて気づいたのは、僕が亡骸を動かしてからだった。

 あれだけの亡骸があったのだから、普通ならば死臭が部屋を満たすはずなんだ。それなのに僕たちが気づくことは一切なかった。それにあの亡骸たちを確認した限り、一つも腐っている様には見えなかった。

 この異常を解明させないといけないのだけど、これがそう簡単にいかない。


「亡骸を動かす前と後で霊視してみたけど、何も出てこなかったんだよね。でも最初臭いがしなかったってことは、亡骸を腐らせないように何かしていたんじゃないかと思う。それにあんな場所に放置されて、動物霊も何も視えなかったのも変だ。何処からどうやって持ってきたかとかの謎もあるけど……」


「……わかんねえ。俺には何も異常は感じられなかったな。あの亡骸は、穢れを生み出すために配置されたのか? 土地を汚すためか? ……いや、何かおかしいな。そもそも亡骸が配置された部屋に何か関連性はあるのか?」


「それが全くないんだよ。最初は悪い気が溜まり易い部屋が亡骸の部屋になっているんじゃないかと思ったんだけど、全く違ったよ。僕も何か見落としてる気がするんだけど……」


 喉元まで出ているのに出てこない。本当に単純なことのはずなんだ。

 そんな風にもどかしさを感じながら純と二人してうーん、と唸っていると、それまで黙ってやり取りを聞いていたあかりが、何処か困惑した表情を浮かべていた。


「あかり、どうしたの?」


【二人とも、何でそんなに亡骸ばかりを気に掛けるの? 確かにおかしいとは思うけど、この家に元々いる怪異と亡骸は関係していないよ。私たちの目的は、この家の怪異と土地の調査と解決。それを忘れないで】


 あかりの指摘に僕たちは一瞬疑問符を浮かべるが、すぐに気付いてあっ、と声を上げた。

 そうだよ。そもそも幹也からの情報で、亡骸たちは肝試しを行わせた元凶の怪異たちの仕業の可能性が高いってあったじゃないか。それに亡骸を優先したのは、弔いたかったからだ。それが何で亡骸の調査を優先させようとしていた?


【祈里ちゃんが話してくれた噂話には、亡骸のことは一切出てこなかったからおかしいとは思ってた。それに凪君が臭いに気付いてくれたから、家と亡骸は別の問題だって分けて考えられたの】


 ……ああ、なるほど。確かに柊さんから聞いた話と一致しない。もし亡骸があったのなら、間違いなく出てくるはずだ。


 そこでようやく見落としていたことが何かわかった。この家に元々いた方の怪異の存在だ。僕も純もこの怪異の存在が頭からすっかり抜け落ちていた。

 そもそも元々いた方の怪異がこの家を大事にしているのは、幹也の情報からわかっていたんだ。自身の思考が誘導されていたことに気付き、思わず頭を抱えそうになってしまう。


 それに自分で口にしたじゃないか。触れた途端に臭いが漂い出したって。逆に言えば、誰も亡骸に触っていないから臭いがしなかったということだ。

 廊下にあった靴跡から、頼瀬君たち以前に肝試しをしていた人たちがいたのは確実だ。その人たちが一切亡骸に触れなかったというのは、あまり考えられない。部屋は閉め切ってあるのだから、よく視えなくて誤って蹴ってしまう可能性は十分考えられる。怪異が片付けていたという線もあるけど、靴跡が残ったままということから、その線は恐らく薄い。

 でも、もしそれ以外の可能性を考えるのなら――


【そんなに悩む必要ないよ。わからないならこの家の怪異に聞けばいいんじゃないかな? それよりも、対策を取った凪君と純君の二人が思考誘導された方が問題だよ】


「……うん、あかりの言う通りだ。この調子だと、この後の調査にも影響が出てくるしね」


「だな。何であかりさんだけ大丈夫なのかも考えないとな。あかりさん、悪いんだが、俺たちの言動がズレ始めたら修正頼む」


 冷静に問題点を挙げるあかりに、僕たちも冷静さを取り戻す。

 そして改めて今後の対策を取ろうとした時、幹也から返事が来た。

 ……あ、そういえば臭いの件で幹也に確認を取ったんだった。

 内容を確認すると、やっぱり幹也たちも臭いはしなかったみたいだ。となると、肝試しが行われる数日前に発生した可能性が高いかな。


 ――あれ、調査部からの追加報告も届いてる?


「二人とも、調査部から――えっ!?」


 その内容に思わず眼を見開き、声が上がる。そんな僕の様子を見て、純たちもそれぞれスマホに届いた追加報告を読んで驚いているが、あかりだけは何かを考えているようだ。

 調査部からの追加報告。それはこの家の住人であった土屋家のその後の足取り。

 旦那さんは既に亡くなっていて、娘さんは健在。だけど奥さんは十年前から行方不明になっていて、息子さんの骨壺が盗まれているということだった。


 ……これ、間違いなくこの家の異常と関係しているよね。

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対魔師たちは取り戻したい ギンナコ @Ginnako

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