第二十三話 再び空き家へ

 あの日からの出来事を語ろう。


 まず肝試しを行った当事者の三人だけど無事回復した。

 方蔵君と鶴屋君は比較的軽傷で、お祓いも無事終えてその日のうちに問題なく回復した。だけど頼瀬君の方は取り憑かれていたこともあり、熱を出して数日間寝込む結果になった。

 そして頼瀬君の自室からは僅かながら瘴気の痕跡が発見されたが、それ以上の手掛かりが見つかることはなかった。幸いだったのは頼瀬君の家族が無事だったことと。誰も霊媒体質のような後遺症が出なかったことだろうか。


 それから方蔵君以外の二人はあの家に行ってからの記憶が曖昧だったようで、蒼波寺の人たちは方蔵君とも相談して、不審者に遭遇して恐ろしい目に遭ったという風に二人には記憶処理を行うことになった。

 最初は方蔵君も同じようにして忘れようとしていたみたいだけど、頼瀬君の性格を考えて今後のストッパーとして覚えていた方がいいと判断したらしい。

 後日、あかりが神貸神社の厄除けのお守りを幹也経由で三人に渡していた。


 そして柊さんと清水先輩の二人だけど、柊さんはお祓いを受けてからあかりと一緒に送迎されて無事帰宅。清水先輩は柊さんがお祓いを受けている間に、対魔師や協力者に関しての説明を受けた上で、協力者になることを選んだ。


 次の日に大丈夫だったかと、教室まで様子を見に来てくれた清水先輩がこっそり教えてくれた。その後に入れ替わるように柊さんもやってきて、僕の姿を見て安心した表情をした後に、連絡が遅いと怒られた。


 ……うん、これは僕が悪い。


 ごめんと素直に謝って、今度ジュースを奢るということで決着。

 そんな僕らのやり取りを見ていたクラスの皆からは、何かあったのかと好奇の目で見られてたけど……。


 そんな風に何時もの日常を過ごしながら、裏で消費した霊具や壊れたお守りの補充をしたりとして数日後。

 空き家の管理者と連絡が取れたことから、神仏郷国から正式に調査、できれば解決するようにと任務がきた。それも僕とあかり、純の三人が空き家に向かうように指名されていて、残りは待機ということになっていた。

 これに幹也が自分もと異議を唱えていたのだが、一度不法侵入した幹也ではまた同じ事態が起きる可能性があるためと却下された。


 そうしてあっという間に時間は過ぎていき、休日の早朝。

 蒼波寺の人に車を出してもらい、僕たちは空き家のすぐ近くまで来ていた。

 調査を主目的としているため、あかりも純もリュックと動きやすい恰好をそれぞれしてきている。


「皆さん、着きましたよ。では、私は近くで待機しておきますので。何かありましたら直ぐにご連絡を」


「ありがとうございます。帰りもよろしくお願いします」


「ええ。あなたたちなら大丈夫でしょうが、くれぐれもお気をつけて」


 柔和な笑みを浮かべると、運転手である柳さんは近くの空き地へと車を走らせて行った。

 見送った僕たちは神仏郷国から提供された見取り図を広げながら最後の確認を行う。この見取り図には幹也たちの証言を基にして、どの部屋に何があったのかも詳しく記載されている。


「最初に調べるというか優先するのは亡骸がある部屋でいいんだよな? いくら人払いで一般人が来れないようにしたからって、これ以上の放置はさすがに寺の人間として見過ごせないぞ」


【ちゃんと弔ってあげないとね】


「うん。それで問題ないよ。順に部屋を浄化していって、それから調査開始。幽世で霊符のあった二階の小部屋は、何か起きる可能性があるから一応最後だね」


 険しい表情の純に僕たちは同意する。

 調査に向かうまでのこの数日間は、人払いと派遣された対魔師たちの監視下にあっただけで、中はあの肝試しの日からそのままだ。だから虫や動物などの亡骸が山になった部屋からは、今も死による穢れが発生しているはずだ。

 今回の任務を簡単にまとめると、浄化して、亡骸を弔って、原因を調査して、問題を解決する。言うだけならば簡単だけど、割と大変だ。


【あとはこの場所の土地の調査だね。春ちゃんの言った通り、何か近づきたくない感じがするね。父さんから聞いてきたけど、この辺りは何もないはずだって。小父さんは何か言ってた?】


「いや、うちの親父も元々は何もなかったはずだって首を傾げてた」


 調査部からの事前調査でも、昔から霊の通り道や溜まり場といったわけでもなく、土地に関しては特におかしな点が見つかることはなかった。

 やっぱり家が建てられてからおかしくなったということだろうか。


 ――あるいは、あの霊符が何か関係しているのか


 一先ずは家の調査と浄化を先に終わらせてから考えようと、玄関門まで移動。

 預かっていた玄関門の鍵を取り出し、門を開いた。

 少し軋むような音と共に開かれた門からは、肌に纏わりつくような淀んだ風が吹き抜け、中からは視線を感じる。

 敷地内だけ薄暗い靄が漂っているように視え、世界が違うような異質さを覚える。

 浄化のために霊符を取り出そうとするも、その前にあかりが動いた。


 ――しゃん、しゃん。


 二度、複数の鈴の音が一つになったような音が鳴った。

 一度目の鈴の音で淀んでいた空気は消え去り、二度目の音が響き渡ると、視線はなくなっていた。


 あかりの手には、鉾先舞鈴ほこさきまいすずと呼ばれる、鉾に八つの鈴が付いた短剣のような物が握られていた。

 そのままあかりが先頭になって、鈴の音を響かせながら進む。

 玄関門から玄関までの道のりはまるで浄化されたように清浄になっており、周囲の靄も流れ込むことはない。

 浄化と結界の両方を同時に行ったようであった。


【これでもし何かあっても、外に出たら一直線に逃げれるから】


 浄化速度の速さと結界による守護。攻撃が得意な春と違い、あかりは護りの方が得意だ。これがあかりが選出された理由だろう。

 そうなると僕は霊視による調査のためで、純は家の中にある動物の亡骸や残っている可能性がある霊を弔うためだろう。


「じゃあ入るよ。二人とも準備はいい?」


 玄関の鍵を解除し、引き戸型の玄関に手をかける。

 二人が頷いたのを確認した僕は、玄関を開いた。


 ガラガラと音を立てながら開かれる玄関。

 真っ暗な室内に太陽の光が差し込み、玄関門を開いた時以上の淀んだ空気が流れだす。それをあかりがすぐに浄化させると、やや埃っぽさが残るものの問題ない状態になった。

 目の前には昔ながらの広めの靴置き場。見取り図通り、入ってすぐの所に階段があり、左右と奥の三方向に廊下が伸びている。

 玄関を開けたまま入ると、足元に何かが落ちていた。


「これ……ペンライト? ……まだ付くね」


「先輩方の誰かが落としたやつじゃないのか? 後で確認して返せばいいだろ」


「それもそうだね」


 ライトをポケットに仕舞い、それぞれ室内用の靴に履き替える。

 この家に害を与える行為が、怪異のトリガーの可能性が高いと幹也が言っていた。ということは、土足のままもアウトなのではないかと考えられるからだ。


「一番近いのは左廊下の奥の部屋からだね。僕が亡骸を集めるから、あかりは室内の浄化と雨戸を開けて光を入れて。純は集めた亡骸を弔ってあげて」


【うん。私が先頭で浄化していくね】


「ああ! 任せといてくれ」


 何時の間にかタブレットに切り替えていたあかりが、再び先頭になって浄化をしながら先へと進む。


 まだ僕の眼には異常は視えない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る