第二十二話 情報の整理

 第二支部に到着した後、博也さんと別れてすぐに浄化と禊を行うことになった。

 ある程度純が浄化してくれたおかげで気怠さは多少残ったけど、それ以外は特に問題なく浄化は完了。

 滝行は時間的に無理なので、清めた冷水を何度も頭から被るという禊も終えて、穢れも完全に祓い終えた。

 なお浄化の時に忘れずに迷い箱も焼却したので、放置したまま忘れて怪異になるなんてこともない。


 そうして禊によって冷えた体を温めるためにシャワーを終え、食堂にて夕食を頂いた僕は、今回の件の報告のために指定された情報棟へと向かっていた。

 第二支部は役割事に幾つかの棟に分かれており、情報棟は第二支部の中で最も重要な棟だ。というのも、この第二支部には対魔師から日夜集まる怪異の情報を収集、保管、提供する情報部門を主軸にしている。


 支部は全部で第六支部まで存在しているが、第五支部を除いて全て現世にあり、都市から離れていて特殊な結界で守られている。

 そのため通常の方法で訪れることは極めて難しい。その中でも、第二支部の秘匿性は他の支部よりも厳重だ。

 連絡手段も基本は専用の回線だけとなっていて、個人の連絡手段の道具は厳しく管理されている。僕もここに来た直後にスマホを警備の人に預けた。


 情報棟のロビーで受付の人に案内され、指定された部屋へと向かう。

 何時も報告書を送っていただけで、来ることなんてほとんどなかったから、少し珍し気に周囲を見渡してしまい、軽く注意されてしまった。

 すみませんと謝罪して、後を追う。案内されたのは、情報管理室とプレートが掛けられた一室であった。


「失礼します」


 受付の人に礼を言ってから部屋に入ると、中はかなり広く、機材に囲まれた白衣の職員たちが忙しそうにしていた。

 少し声をかけるのに躊躇してしまったが、近くにいた職員に話しかけると、僕の方を見てから、あっちで待っていると教えてくれた。それに礼を言い、邪魔にならないようにそそくさと移動する。


 奥の区切られたスペースに入ると、目の前に飛び込んできたのは、奥が見えないほどに高く積み上げられた書類の山。

 デスクの上だけでなく、床にも書類が積み上げられていて、足の踏み場もなさそうな状態だ。

 そんな書類の山の中から、ギイッと椅子が軋む音と共に、ヨレヨレの白衣をだらしなく着た男性が姿を現した。


「やあやあ凪さん。今回もお疲れさんっス。話聞きましたけど、色々大変だったみたいっスね」


「夕陽さんもお疲れ様です」


 三下口調で出迎えてくれたのは、この第二支部で情報部門の管理主任を務めている蓮田夕陽はすだゆうひさんだった。

 何日もまともに寝ていないのか、髪はボサボサで、目元にはどす黒い隈ができているが、夕陽さんは疲れた様子を見せずに、ニカりと笑う。

 夕陽さんは、最初協力者として博也さんたちと同時期に神仏郷国に入った人らしく、その才の高さを買われて、この情報部門の主任に抜擢された。

 三下口調なのは、年齢関係なく前線に出ている対魔師たちが一番命を懸けているのだから、報告を受ける自分ぐらいには気楽に接してほしくてやっているとのことだ。


「本当は会議室を用意したかったんっスけど、少しでも外部に漏れないようにってことで、ここになっちゃいましてね。ちょっと散らかってますけど、どうぞ座ってください」


 そう言いながら夕陽さんは、書類の山をどかして椅子を持ってくると、どうぞどうぞと座るように促す。

 一言礼を言うと、夕陽さんは笑って先ほどまで定位置に戻った。


「そんじゃあ、改めて凪さんからも報告を。特に凪さんを襲った人物について詳しく頼むっス。――宮内君、記録を」


「はい、わかりました」


 何時の間にいたのか、夕陽さんの部下の宮内さんが、ノートとレコーダーを持ってすぐ傍で待機していた。

 宮内さんにも頭を下げてから、放課後からの一件を話し始めた。



「――以上が今回起きたことです」


 夕陽さんからの質疑応答も含めて一時間。

 リーパーに言われたことが引っ掛かったが、あの“かいき”と呼ばれた霊符のことも含めて夕陽さんに報告する。

 それまでは何処か楽し気に話を聞いていた夕陽さんだったけど、霊符の話になった途端に一瞬だが強張っていた。


「……本当にお疲れ様っスね。にしてもリーパー、言い得て妙っスね。確かに奴らの見た目は死神じみた姿って報告が上がってたっスから。周知させる際には、その呼称使わせてもらうっス。……で、今後の事なんスけど、宮内君」


「先代君、これを」


 宮内さんから渡されたのは、二枚の書類。

 それは、掲示板と空き家に関して判明している情報をまとめたものであった。その中から気になった部分を抜粋すると――


【匿名掲示板】

 他のオカルト掲示板を似せて作成されたサイトであり、通常の方法ではそのサイトに入ることはできない。

 今回書き込みを行っていた少年が、どのような経緯でこの掲示板に辿り着いたかについては、少年の回復が完了次第事情を聴いていく方針である。

 サイト管理者については現在調査中。

 現時点で判明している点については少ないが、何らかの目的で霊を集めるために用いられた可能性が極めて高い。

 その証拠として、一度掲示板のスレッドに入った霊に関しては、次のスレッドへのリンクにしか移動ができないようにされている。

 現在スレッドの流れは、非常に緩やかになっており、報告にあった土屋家の幽世にて現れたという怪異の群れが、このスレッドより放たれた可能性が高い。

 どのように移動させたか、怪異の群れの所在に関しては、霊視班、技術班からの詳しい調査報告待ち。


【土屋家】

 当時の家族構成は父母娘息子の四人家族。

 四十年前に建築、入居。三十年前に転居しているが、現在も土屋家の所有地となっている。

 高城幹也の発見した日記と思わしきメモの内容から、この家の息子が何らかの怪異に巻き込まれた可能性が高い。転居の数ヶ月前に息子の死亡届が出されており、現在詳しく調査中。後述する噂との関連性は不明。

 残った家族の転居後の消息は現在調査中。管理者には現在連絡は取れていない。

 現地に赴いた萩野春より、この住宅が建てられた土地に関して幾つか不可解な報告あり。後述する回収された霊符の件も含めて、霊の通り道、溜まり場の調査の必要有り。

 現在、この住宅に関する噂を思い出したと、蒼波寺に駆け込む者が複数人報告されている。蒼波寺の住職たちが中心となって対応中。

 駆け込む者たちより語られた噂の内容については、最初に保護した少女の話したものと同一であった。

 先代凪より報告、回収された霊符に関しては、『隠蔽』『停滞』『増幅』の三種と正体不明の霊符が一種。上記三種の組み合わせにより、疑似的に霊の溜まり場を作り上げていたと考えられるが、残りの一種の霊符がどのような影響を与えていたのか不明。

 幽世と現世の関係上、現世にも同一の霊符が存在している可能性が高い。

 なお、住宅に潜む怪異の出現条件については、住宅への不法な侵入の可能性が極めて高い。そのため住宅内の調査については、安全の確保のためにも正規手段で行う必要がある。

 その他一部未確認の情報については鋭意調査中。



「……あれ? この報告書の霊符の種類って――」


「凪さん、ダメっス」


 報告した霊符の種類それも春が見つけたものでなく、あの正体不明の霊符の記載がないことを尋ねようとして、夕陽さんからストップがかかった。

 思わず夕陽さんの顔を見るとその表情は今までにない真剣なもので、何故か周囲を警戒するようにしてから口を開いた。


「今回凪さんたちが見つけた霊符の種類は隠蔽、停滞、増幅の三種と正体不明の一つだけっス。そうっスよね、宮内君」


「はい、こちらの記録、録音にもそう答えています」


 リーパーが黙っていた方がいいと言ったのはこういうことだったのか。

 知ってしまうとヤバいレベルの厄ネタ。

 神仏郷国でも表に出てこないそんな危険な――えっ、これ話しちゃったけど、僕大丈夫だよね!?」


 「えっ、あっ、大丈夫っス! ちょっと記録に残すのが不味いだけで、こっちで極秘で調査するってだけっスから。凪さんは今回のことというか霊符の件だけ他言無用でいてくれればいいだけっス!! そうっスよねっ、宮内君!」


 思わず声に出てしまっていたようで、引き攣った顔の僕を見て夕陽さんは慌てて大丈夫だと言うけど、それでも悪い考えが頭から離れない。


「さっきのは言い方が悪かったと思いますよ」


「宮内君!?」


 ガタリと椅子から立ち上がり宮内さんに詰め寄る夕陽さんを尻目に、この後どうなるんだろうなーと若干現実逃避するのだった。



「えーと、すいません。落ち着きました」


「……はぁ……はぁ、い、いや、こっちこそ勘違いさせるような言いまわしですいませんっス」


「ええ、主任は少し反省した方がよいかと。それと、もう少し体力をつけた方がいいのでは?」


「こんだけ疲れたのほぼ宮内君のせいっスからね!?」


 肩で息をしている夕陽さんとは対照的に宮内さんは涼しい表情。

 そんな宮内さんを恨めし気に見つめていた夕陽さんだったが、がっくりと肩を落とすと、大きく息を吐いた。


「……コホン、正直今回の件は色々と複雑になってて、情報部でも色々対応に追われてるのが現状なんすよ。――それとここだけの話っスけど、恐らく追加調査の報告が上がり次第、凪さんたちにはあの家の対処をお願いすることになりそうっス。掲示板やリーパーたちの件に関しては、規模や被害が大きいことになりそうっスから、それぞれ別部隊が中心に動くことになるっス」


 この件には関わるなと言うことだろう。

 リーパーのことや“かいき”の霊符については正直気がかりではあるんだけど、自分一人で何でもできるわけじゃない。

 内心納得しているわけじゃないけど、わかりましたと頷くと、夕陽さんは今日はゆっくり休むようにと、休憩用の一室を手配してくれた。


「――あ、先代君。屋上の怪異と先日の件の報告書は、早めにお願いね」


 それじゃあよろしくと、宮内さんは書類の山を抱えて去っていってしまった。

 夕陽さんからは、明日以降でも大丈夫と言われたけど……うん、寝る前にやっておこ。


 結局、報告書がある程度完成したのは、日が変わる直前だった。

 ……あ、そういえば柊さんや清水先輩に無事家に戻ったって連絡してなかった。

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