狸と狐のアルバイト

むらさき毒きのこ

バイトのトナカイがバックレた!

 十二月ともなると、サンタの事務所は猫の手も借りたいほどの忙しさなのです。そんなサンタの事務所で2021年12月5日、日曜日の昼下ひるさがり、困った事が起きました。


 始まりは、一年前から運送の訓練を受けていた「町田君(21歳・トナカイのオス)」が、訓練の最終段階である実地訓練じっちくんれんを、休みがちになったことからでした。町田君が四度目のドタキャンをしたさい、とうとうサンタは町田君に小言を言いました。


「町田君、やる気あるのかい。こんなに休みがちじゃ、年末の仕事を任せられないよ」


 すると町田君はサンタに、こう返しました。


「店長、僕頑張ります。大丈夫です、いけます」

「おう、そうかい。クリスマスの成功は、きみの肩にかかっているといっても過言かごんでは無いんだからね。よろしく頼むよ」

「はい」


 サンタと町田君がそんな会話を交わした次の日です。

 サンタの事務所の、電話が鳴りました。午後三時の少し前、事務所では、休憩中の赤鼻のトナカイがお弁当を食べていました。ちなみにお弁当の中身は、きのこ、ネズミ、牧草、それから仲間が落としたツノです。


 リンリンリン……リンリンリ


「はい、サンタ運送の赤鼻です。イブと当日、どちらがご希望……ああ、町田君。どうしたの、え、15日まで来れないって、そりゃまたどうして。……君、店長が怖いって、あの人が怖いんじゃ、よその仕事なんか勤まりやしないよ……説教はいらないって……ねえ、おい、もしもし? もしもし……」


 受話器を置いた赤鼻のトナカイは、はあ~っと長い溜息をついてから、肩をトントン叩いて、首をゴキ、ゴキっと鳴らし、水を一杯飲んで、それからシフト表を見ました。


「町田の他に、立川さんも日野さんも休みが欲しいって……今年はやっと、家族に会えるって言ってたもんなあ。残ってるのは俺と、多摩の爺さんか。……さすがに無理っしょ。マジ、猫の手も借りたいくらいだわ。猫がだめなら狐でもいいし、なんなら狸でも……ぉあ! そうだ、そうだ! その手があったか! そうだよ、あいつらに頼めばいいんだ!」


 そう言うと赤鼻のトナカイはおもむろに、電話をかけ始めたのでした。その表情はじつに落ち着いていて、とても窮地きゅうちおちいったトナカイの顔では、ありませんでした。


***


 サンタの事務所が危機に陥いる少し前の事。

 山から出てきた一匹の狸がJR新宿駅南口向かいのバスターミナル付近で、途方にくれていたのでした。狸は通称「緑のたぬき」と呼ばれていて、頭のてっぺんにこけが生えている、ちょっと風変わりな狸なのです。


「おらこんな村いやだと飛び出すたはええが、こげに人だらけではどうすようもねえべなあ(勇んで田舎を飛び出てきたが、都会の人混みには驚いたよ)」


 緑のたぬきが、若者のカップルだらけのおしゃれな階段に座って、ぼんやりと口を開けて無為むいな時間を過ごしていたその時です。赤い髪に、レザーのジャケット、穴の開いた細身のパンツ、バラの柄のシャツ、そしてパールやゴールドのネックレスをジャラジャラつけた細面ほそおもての男がサングラスを取り、緑のたぬきに話しかけました。


「おめえ、緑のたぬぎでねーが! わすの事覚えてるっきゃ、あけえきつねだべ、おめえ、なつかすなあ~(君、緑のたぬきだよね! 僕の事覚えてるだろ、赤いきつねだよ、懐かしいなあ)」


 赤いきつねの声を聞いた緑のたぬきは、驚きと懐かしさと嬉しさのあまり興奮しすぎて、荷物の風呂敷包みを放り出して喜びました。その瞬間、何者かが緑のたぬきの荷物を拾ってそのまま行ってしまったのですが、二人はそんな事にも気が付かないまま、抱き合って喜んだのでした。

 その夜、無一文むいちもんになった緑のたぬきは、赤いきつねが勤める店の寮で一泊したのち、仕事を探すことにしたのでした。


***


(ここからは、狸と狐の会話は方言ではなくなります。ご了承ください)


 さて、赤いきつねは変身術の達人で、どんなものにでも化ける事ができる器用な狐なのです。ですからわりと、仕事はすぐに見つかるのでした。

 片や緑のたぬきは力自慢ではありますが、変身術の方はイマイチなのです。例えば人間の男に化けるとしたら、その狸のようなお腹はそのまま、という感じなのでした。急須きゅうすに化ければ、なぜか見本の急須よりも一回りも二回りも大きな「お化け急須」になってしまうので、ファンタジー学園を卒業する際の試験では、危なく留年するところだったのです。


 そんな対照的な二人が今、サンタの事務所にいるのでした。そこでは赤鼻のトナカイが、赤いきつねと緑のたぬきに取りすがって、涙を流しながら訴えかけているのです。


「だからお前たち、頼むよ、このとおり! 二日だけでいいんだよ、トナカイになって、ソリを引っ張る仕事なんだ、それだけだよ、簡単だよ。なーに、進路は俺が全部知ってるから、お前らは俺についてくるだけでいい。なあ、赤いきつね君よ……中等部の頃、校庭にウンコあったべ。あれ、誰のだったかなあ。俺、今にも思い出しそうだよ……おう、緑のたぬき君よ。お前さん、新宿で全財産失くしたんだってねえ。気の毒に……二日きっちり働けば、郊外でワンルーム借りるくらいの資金にはなるぜ。どうだい、いい話だろう」


 赤いきつねは、黙ってうなだれています。緑のたぬきは涙を流しながら、赤鼻のトナカイの毛深いひづめを握り、こう言いました。


「赤鼻先輩、僕はこのご恩を一生忘れません!」


 赤鼻のトナカイは、緑のたぬきの返事を聞くと満足そうに頷いたのでした。

 その日からクリスマスイブまでの期間、赤いきつねと緑のたぬきは、トナカイとしての訓練を受ける事となったのです。そしてその厳しい訓練を終えたふたりは、クリスマスイブ当日になる頃にはすっかり、トナカイらしくなっていたのでした。

 配送チームの仕上がりを見たサンタは、赤鼻のトナカイのボーナスを牧草30キロ分、増やしてやろうと決めたのでした。


***


 耳が凍りそうな夜。赤い「たてがみ」が生えたトナカイが息も絶え絶えになりながら、ソリを引く姿がありました。その背後の空には流星群が輝きを放ちながら、地上に到達する前に燃え尽きてゆくのです。

 隣にいる大きなトナカイは、弱っているトナカイを励ますように、脚に力を込めるのでした。クリスマスの夜は更けて、そして明け方がやってきました。

 関東地区の配送チームは、無事仕事を終えたのでした。


***


 サンタの事務所では、仕事納めのささやかな、食事会が開かれています。それは温かい、一杯のうどんと、そばでした。赤いきつねは「うどん」、緑のたぬきは「そば」を選びました。


「この麺ののどごしが好きなんだよなあ。だけど一番は、味付きのお揚げさ。……沁みるねえ」きつねが大好物のお揚げを、おいしそうに味わいます。


「やっぱり僕はソバだよ。天ぷらのこの、だしが沁みてジューシーになったのを……あふ(熱)! ……たまらんねえ」たぬきはソバを二杯平らげました。


「仕事の後の一杯は、最高だねえ」


 赤鼻のトナカイがそう言うと、赤いきつねと緑のたぬきはお互いの顔を見て、何だかおかしくなってきて、そしてみんなで大笑いしたのでした。


***


 これは内緒のお話ですが、緑のたぬきの頭に苔が生えている理由はですね。

 赤鼻のトナカイがある日、校舎の屋上で寝そべっている狸の頭に、苔を乗せたのです。そしていまだに、狸はそのいたずらに気が付いていないのでした。もしも狸が真実を知ったらおそらく、赤鼻のトナカイの命の保証はないのです。ですから皆さん、関東地区のちびっ子たちのためにも、この問題に関しては、そっとしておきましょうね。約束ですよ。


***


 最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

 みなさま、良いお年を。



 

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