第48話 それはとても明るい夜で

 夜の魔王は、唇に塗った紅のルージュをすべて落としても構わないほど情熱的なキスを交わした。口付けを拒まないハイドは、リースメアの腰に手を回す。ハイドは頭を両腕で抱えられながら、目を閉じていた。

 ふたりは同時にベッドに倒れ込んだ。やわらかいベッドをきしませながら、昂った感情の熱を、さらに高めあう。

 吐息だけが響いている、リースメアの寝室。ふたりが言葉を口にしたのは、しばらく後だった。


「……奇跡のような勝利だ。いま、俺の命があること。そして、魔王を討てたこと。どちらも、リースメア、シルフィア、ルイ、そしてニンファとコルト。全員が居なければ、なし得なかった。俺はただ、路地裏で刺されてしんでいたことだろう」


「……あなたを死なせたかと思った。実際、一度はあきらめかけた。ふがいないわたしを許して、ハイド。……でも、ありがとう」


 ハイドは頷かなかった。代わりに、リースメアを抱きしめた。


「これで契約は遂行されたのだろうか」


 ハイドとリースメアの関係には、ひとつの〝ゲーム〟が絡んでいた。

 ローエンが魔王を倒せば、捕らえられているハイドは自由になれる。

 今回、魔王を倒したことでハイドが魔王城にいる理由がなくなる。ハイド自身は、なくなってしまうと考えていた。


「そうね、あなたたちは魔王を倒した。〝ゲーム〟の内容を、よくよく思い出してほしいの。わたしは、ローエンくんに対して『魔王を倒したら』という条件を出したわ。今回、魔王を倒したのって、だれかしら?」


 ハイドは記憶を辿った。

 暴食の魔王の最後は、たしか。


 ――アマネが、ぶった斬っている


「……あっ」


 なぜローエンではないのだろうと、ハイドは考えた。頭のなかでトドメの場面に一歩も動けなかったローエンの甘さを責めた。すぐに、彼らしいと思い、さっぱり諦めた。 


「これから、世界がどうなるかは誰もわからない。だって、魔王が倒されるのはこの世界では初めてのことなのよ。荒れるかもしれない。それとも、不気味なほどに静かになるかもしれない。ひとつ言えるたしかなことは、われわれの欲は、常に人間を食いものにしているってこと。魔王を倒して英雄になった勇者も、魔王を倒すのに奮闘したあなたも、まだわれわれと戦う理由はあって?」


「戦う理由は、必要ない」


 ハイドは紅の瞳を前に、鼻をつきあわせて間近で答えた。


「リースメアが命じれば、俺は断れないようだからな」


 ローエンが魔王を倒すまで、ハイドは魔王城にいる捕虜の身。そして、ハイドは魔王との契約により、逆らうことは許されない。暗殺者として、魔王に使われる存在だった。

 いつの間にか、ハイドにとってリースメアの城は特別な意味を持っていた。


 ――帰ることのできる場所


 裏切りと報復を恐れて誰も信用しなかった男の、唯一腰を落ち着けられる場所が魔王城だった。

 地理的な安全性もあり、襲われたときに防衛できる設備があり、信頼できる仲間がいる。

 ルイとシルフィアの近くに身を置くことを許されたいという気持ちもあった。


「そう、わたしは悪い魔王なの。一度手に入れた最高の武器を、簡単に手放しなんかしないわよ。ちゃんと、ハイドにも教えておかないと」


「これ以上、なにを教えてくれるんだ?」


 リースメアは、夜に浮かぶ三日月のように明るい表情を変える。

 魔王でいながら、ひとりの女性として存在していた。


「魔王からは、逃げられないってね」


 ハイドの手を恋人繋ぎで握り、持ち上げながら言うリースメアを前に、ハイドは腹を抱えて笑ってしまう。


「……まじめなセリフの似合わないやつだ」


「これでも、真剣なのよっ!?」


 叫ぶリースメアの額を小突いて、前髪を持ち上げてみせるハイド。額に口付けをすると、ハイドはベッドを降りる。

 気兼ねのない友人に、ハイドは背中越しに語った。


「俺は性質上、雇い主がなにを考えているか、どのような思想を持っているかなど気にすることはないし、それで仕事の質を左右されるほどの優しさは持ち合わせてはいない。だからこそ、リースメアに望むのは、ひとつだ。リースメアと俺の正義が、同じ方向を向いていること。そうでなければ、きっと俺はお前を殺してしまう。だろう?」


 リースメアはかつて、ハイドに対して契約を結んでいる。


『ハイドの正義を犯したとき、リースメアを殺せ』


 魔王と人間は、どちらが主従かわからなくなるような契約を結び、お互いの信頼に変えていた。


「そのとおりよ。だから、気をつけるわ。人間の敵にならないように、そして魔王であり続けられるように。きっと、わたしとあなたは地獄の一番深いところでしか生きられないわね」


「地獄でパーティーをできるぐらい、賑やかにしてから行くさ」


「うふふっ。主役は、だーれ?」


「俺とリースメアだろう」


 ハイドの返事はリースメアをよろこばせた。気をよくしたリースメアは、ベッドの縁で足を組みなおしてから、部屋を出ようとするハイドの背中を見つめた。


「ねえ、わたしね……あなたの弱点に、気づいちゃった」


 ハイドは興味深くリースメアを見つめた。イタズラをするような子供の表情を浮かべている。


「あなた、殺せない相手がいるでしょう? 最初は、動機の問題かなと考えたけど、違うみたい。シルフィアがわざわざ連れ去ったから、気づいちゃった」


 ハイドは素直に自白する。


「……主義に反する」


「あら、あなたの殺しの主義って?」


「魔王にでも聞け」


「うふふっ。気をつけないと、わたしが最初に殺されちゃうわね」


 ハイドの正義に背けない魔王と、魔王の命令に背けない暗殺者の歪な関係。


「ひとつ、プレゼントを差しあげましょう。失ったと思ったものを、ひとつだけ取り戻してあげる。……気に入ってくれると、わたしよりもニンさまとコルちゃんが報われるかもね」


 城内で見かけないふたりが、なにをしているのかハイドは気になっていた。

 ハイドがリースメアの寝室の扉から気配を感じると、扉が勝手に開いた。

 目の前には、ひとりの人間が立っている。

 となりには、意地の悪い笑みを浮かべるコルトと、驚いたハイドの顔をみて、はにかむように笑うニンファがいた。


「……よかった」


 ハイドは目の前に立つ少女に言うと、すぐにシルフィアに呼びかけてグランガルドに飛んだ。


 

 グランガルドの街は夜でも明るい。

 広場に面しているギルドの建物と酒場では明かりが絶えなかった。建物に入りきらず、大噴水のほとりで、教会の前で、冒険者ギルドの屋根のうえで、戦争に参加した猛者たちは、笑いあっている。右手にはビールのジョッキを掲げ、左手にはたっぷりと豚肉の身がついた骨を持ち、背中を預けた仲間といまを喜び過去を称える。真夜中に近づいてなお、戦士たちは興奮しながら、自分たちがいかに勇敢であったかと比べて競い合っていた。

 止まない熱気のなかで、冷たい夜風に吹かれたがる女性がひとり。

 荒い木目の床を踏みしめながら、ギルド酒場から出てくるのは、アマネだった。

 煌々と燃やされるロウソクの灯りから逃げ、月の光に照らされながら艶めく黒髪をなびかせる。足取りは軽やかに、表情はほがらかで、体を縦に揺らしていた。

 アマネは、席に座って食事をすることはなかった。はじめはローエンとライアの近くで少しだけ食事に手を付けていたが、ふたりが大食いの勝負をはじめたときに、アマネはキキョウと共にビールの入ったジョッキを自らが運び、冒険者たちへ振舞っていた。ひとりひとりの顔を見ながら、深々と礼をし「心から感謝する」と述べては、また別の冒険者のグループへと渡り歩く。すべてとは行かなかったが、ほとんどの冒険者のもとを訪れたアマネは、途中で断り切れずにビールを飲まされたこともあり、慣れない酒精で火照った体を冷ましたかった。それだけではない。魔王を斬ったという興奮が、まだ冷めていない。

 戦争をはじめたキッカケとなった諜報人は、戦争を終わらせる英雄になった。


「……一番、礼を言いたいやつがいないとは。魔王城で別れたきり、もう会えないのだろうか」


 アマネは、ギルドの裏手にある路地で空を見上げた。満足しきって丸くなった月が、きらきらと輝いていた。アマネの紫色の瞳に光を届けながら、だれにも等しく祝福を与えている。


 ――ふわり


 アマネは、空に浮いた感覚に身をすくませた。あまりにも上を見上げすぎていたからか、月に連れていかれるのかと錯覚する。アマネは、驚きと逆の感情を抱いていることに、奇妙な感覚があった。足が地面を離れたというのに、安心しきっている。


「誘拐されないコツは、ひとりにならないことだ。いいな?」


「悪い男に捕まってしまうからか? ハイドみたいな」


「次はきっと、食われるだろうよ」


 お姫様抱っこをされたアマネは、抱きあげられている男の首へと腕を回した。接近すら気づけなかった男の存在を認識すると、アマネは溢れるほどの安心感を得ていた。


「連れていきたい場所がある」


「……広場の中央に向かうのはやめてくれないか!? ……はずかしい」


「目に入らんさ」


 酒に飲まれた冒険者たちは、男に抱きかかえられるアマネの姿を見つけると、口笛を鳴らし、野次を飛ばした。


「おいーーーーーっ、見えているではないか!?」


「朝になれば記憶もないような連中だ。気にしなくていい」


「どういう理屈だーーーっ」


 顔を真っ赤にさせたアマネはバタつくが、すぐにあきらめた。唇を尖らせ体を抱きしめるように腕を組みながら、黙ってハイドに連れられていた。アマネが嫌がってもハイドはアマネを降ろしてはくれなかった。


「……ハイドは、いじわるだ」


 アマネのつぶやきを耳に入れたはずのハイドは、聞こえないふりをして歩いていた。

 たどり着いた場所は、広場から一本道を外れた角にあった。

 真夜中だというのに、灯りがついている店があった。アマネが目をこらすと、何人かの影が、炎の照らす店内で動いていた。


「ねえーーっ、シルフィ! 一個だけ。一個だけ食べさせてよーっ」


「……だめ」


「いっぱい揚げてるのにーっ」


 ハイドと共にグランガルドについてきたルイとシルフィアは、料理に精を出していた。シルフィアは涼しい顔で六十センチはある鉄製の鍋の前で指を振る。煮えたぎる油に、パン粉を付けた棒状の丸い塊を次々と投下する。こんがりと揚がったものから鍋からひとりでに飛び出して油きりの置かれた四角いバットのうえに整列していく。そこには、シルフィアの性格があらわれていた。恐ろしいまでに均一に整えられたコロッケが、売り物の姿で積まれていた。山積みになったコロッケを前に、ルイはよだれをたらしていた。

 シルフィアはハイドとアマネを見つけると、両手を見えるように出してから手を振った。以前、手首と腕を斬られた相手に対して「治ったよ」と伝えるために。


「……あっ」


 アマネはシルフィアを見つめて、ようやく誰であるかを理解していた。

 ハイドもアマネを降ろすと、アマネはすぐさまシルフィアに近づくと深々と頭を下げ、なんども非礼を詫びていた。

 シルフィアは目をクリっとさせてから、曖昧に笑っていた。それでも頭を下げるアマネ。シルフィアは、両手でアマネの頬をつかまえた。


「治せるものを治した。だから、元どおりでいいの。もう、許したよ。だから、自分を傷つけないであげて、ね」


 天使は人間の世にあっても、本質を失うことはなかった。


「ところで、なんでふたりがコロッケを揚げている」


 聞いたのはハイドだった。


「あのね、シルフィが料理したいって言ったら、いいよーってなったの。お店のひとはね、なんでも使っていいよって。シルフィ、手が早いから、お店の在庫なくなっちゃうかも」


「ガハハ、いいってことよお。恩人に対して、振舞わねえわけにいかねえ。お嬢ちゃんかい、剣の勇者ってのは?」


 アマネは体を緊張させ、背筋を伸ばした。熊のように大きい店主に見つめられながら、頷いた。状況は飲み込めないまま、アマネは名乗った。店主は唇をまごつかせながらアマネに対して大きな体を小さくし、膝をついて頭をさげる。


「……ありがとう。ありがとう。ありがとう」


 頭を下げられきょとんとするアマネ。すると、店の奥からひとりの女性が姿を見せた。茶色の髪を肩口で揃えた年頃の少女だった。アマネの目は大きく見開かれる。頭のなかは、まっしろだった。


「……剣の勇者さまに、助けて頂いたと聞いてます。あの、実はあんまり覚えてないんです。でも……こわかった。暴食の魔王に捕まっていたところを、助けて逃がしてくれたと、そちらの男のひとから聞きました。ほんとに、ありがとうございます」


 ハイドは何も知らないような顔つきでアマネのとなりに立っていた。事情を理解できないアマネは、ハイドの肩を叩きながらちいさな声で聞いた。


「どういうことだ。なんで……なんで彼女が無事なのだ? 彼女は、魔王に食われていたんだろう?」


 アマネの目の前にいる女性は、魔王城の地下牢に捕らわれ、暴食の魔王に食料として飼われていた人物だった。ハイドが慈悲を持って殺そうとしたとき、シルフィアが連れ去っていた。


「俺の仲間が治した。といっても、この場で言える仲間じゃない。少々話を作らせてもらった」


 ハイドも、魔王城で面食らっていた。自分が殺そうとして、死んだと思っていた相手が生きていた。

 四肢の欠損はニンファが治し、壊れた魂はコルトが治したと告げられても、心身ともにボロボロになった人間が目の前で元気な姿を見せるのは、奇妙な光景だった。根が善良なハイドは喜びを隠せず、すぐにグランガルドへ飛ぶと少女の家まで送り届けた。届けた先は、町一番の肉屋であった偶然が、シルフィアとルイにコロッケを作らせている。


「マスター、召し上がれ」


 シルフィアが揚げたてのコロッケをハイドの前に差し出すと、ハイドはかぶりついた。ザクッと音をたてたコロッケは絶品だった。ホクホクとした芋の触感に、ゴロゴロとした牛肉のうまみが感じられた。

 シルフィアは一番をハイドにあげたくて、ルイに待てと言い続けていた。


「うまいよ」


 ハイドは心の底から言っていた。


「……えへっ」


 ふたりの世界に入ろうとするシルフィアを止めたのはルイだった。


「お腹へったーーッ」


「よし」


「わーいっ」


 ルイはシルフィアの許しが出ると、両手にコロッケを持っていた。「んまーいっ」と喜ぶと、体を揺らしながら食べ続ける。一口でコロッケの半分を食べ、すぐに二口目で食べきる。それを五回繰り返すと、ようやく手が止まった。


「見られてると、はずかしいよう」


 口周りについた食べカスを手で取りながら、頬を染めるルイ。目線はハイドを向いている。


「……ほんとうに、ありがとうございました」


「ぶじでなにより。辛い記憶を思い出すこともあるかもしれない。でも、安心してほしい。暴食の魔王は、もうこの世にはいないのだから。あなたを襲った脅威は、もう取り除いた」


 アマネはハイドに向けて一度だけ眉をさげた。ハイドは黙って頷いた。


「すごい数を揚げたな。配りにいくか」


「がんばった」


 ルイが一生懸命食べていても減らないほどのコロッケの山。これを提供してくれた肉屋の店主の好意をアマネが受け取った。シルフィアがコロッケの山を浮かせて運ぶと、手を伸ばしてルイがコロッケを取り、また食べる。その様子を後ろから追うアマネの顔は綻んでいた。ルイの後ろ姿を見つめたアマネが聞く。


「剣の魔王を引き受けてくれたのは、あなたか?」


「んぐっ。そだよーっ」


 村娘の恰好のまま、ルイは食べ歩きをやめずに振り返った。

 同じ村娘の恰好をしているシルフィアは、ハイドから食べかけのコロッケを一口もらい、ちいさな口で食べてみる。味覚に慣れていないシルフィアは「おいしいのかな?」とハイドに尋ねると「おいしいよ」と言われてから頬を落とした。


「ケガひとつない、か」


 アマネは剣の魔王に腕を斬られ、体を切断される寸前だった。そんな相手と素手で渡り合う人物に、畏敬の念を送る。


「えへへ」


 アマネの視線を受けたルイは、体をくねらせた。


 ――魔王を倒したというのに


 アマネの前には、次々と強者があらわれる。魔王を倒して浮かれた気持ちも、すぐに地に足をつけることができた。次の戦いまでに、自分を研いでおくことに集中できそうだった。アマネにはまだ、倒すべき相手がいる。

 見えてきたギルドの酒場では、変わらぬ祭りが続いている。


「ぬおおおおおおあああああああああ!!!」


 祭りの喧騒を引き裂く、ローエンの絶叫。


「……あっ」


「あれえー?」


 ローエンを見つけたルイとシルフィアが、同時に声を挙げる。


「……うおお」


 ハイドは唸り声をあげて頭を抱えた。


「……ん? だれだ、あれは?」


 ローエンのとなりでたのしそうに笑うのは、クセの強い赤髪をまとめた美女。キャスケットにサングラスをかけ、顔をわからないようにしていても、その存在感と美貌は隠せていなかった。

 シルフィアがテキパキと冒険者が囲むテーブルの空いた皿めがけてコロッケを配りながら、酒場の奥へと進む。こちらに気がついた赤髪の美女は手を振ってきた。


「ハロー。遅かったじゃないの。コロッケ? ハイドーっ、ひとつ持ってきて!」


 魔王の命令に逆らえないハイドは、しぶしぶコロッケを持参し、魔王の側に立った。


「うふっ、コロッケちゃん……うん、おいしっ。ご苦労さま。ということで、残念でしたローエンくん。ハイドはまだ、わたしのものでーす。魔王を倒すチャンスに一歩も動けなかったあなたには返してあげませーん。アマネちゃんはわずかなチャンスをモノにしたのに、ローエンくんは逃したみたいね? 違いはなんだったでしょうか? あなたの強みでもあるそれは、今回は裏目にでてしまったかもしれないわね。まあまあ、気落ちすることなく、次もがんばりなさいな」


「心当たりがあるからこそ、腹立ちが自分にしか向けられねえーーーっ。ちくしょおおおおおお!! がんばったのにーーーーッ!!!」


 頭に手を当てながらブンブンとふりかぶり、叫ぶローエン。

 ハイドはリースメアのとなりで手を挙げると、ライアとミーナ、キキョウが応えた。


「ハイド、すまんっ!!」


「互いに生きてさえいれば、それでいい。よく生き延びた」


「おうよ。ライアとキキョウも頑張ってくれたしな。倒れられねーよ」


 ローエンはライアの肩を抱き寄せた。ライアは身を縮こまらせる。


「……自分はなにもできなかたっす。それでも、一緒に戦えてよかった」


「同じ感想です」


 ローエンと共に戦い後方支援しかできなかったキキョウが口を結んでいた。そんなキキョウの肩をアマネの手が添えられる。


「私もだよ。最後の一撃こそもらったが、そこまでの経緯は全員の力がなければ成しえなかった。だれかの勝利にするつもりはないさ」


「やー! ウチ、なんもしてないけど勝ったし、みんな帰ってきたし、オッケーって感じ!」


 ミーナが両手をあげながら言うと、和んだ笑いが起こる。


「ちなみに、そちらはどなたっすか?」


 ライアが指を指すのはハイドのとなりの三人。リースメアとシルフィア、ルイを差していた。グランガルドにおいて冒険者の顔を覚える彼の頭のなかには、似た雰囲気の冒険者は存在しなかった。ハイドは、すこしだけ考えてから言う。困ったのはリースメアを何と呼ぶかだった。リースメアは意味ありげな視線をハイドに向けていた。どう答えてもいいという意思だった。ハイドはそれを汲み取ってから、順番に紹介した。


「まず、ふたりの嫁。そして愛人」


「えへへ。また、お嫁さんっ」


「……妻です」


 頬を染めて上目遣いでハイドを見つめるルイと、めずらしく動揺しながら頭をさげるシルフィアだった。

 愛人という、納得のいかない紹介だったリースメアは、頬を膨らませてから遅れてきた怒りを爆発させようとしていた。事前に察知したハイドは、リースメアの口をふさぎ、肩を押さえて暴れられなくする。「もがーーーっ」と、声にならない声がハイドの手から漏れた。リースメアの声を遮り、周りから次々と声があがる。


「嫁ふたり!? 愛人っ!? どうやったら成り立つんすか!?!?」


「なあ、ハイドッ!? オレ、結婚式に呼ばれてないのか!?」


「なあああーーーーーーっ!?!? また嫁ーーーっ!?!?」


「やー!! おにい、おめでとーーー!!」


「……なんと複雑な関係でしょうか」


 注目を浴びるハイドは、吹き出しながら手を横に振った。


「もちろん、ウソだ」


「ハイドの雇い主でーす」


 きさくなリースメアの声の調子と、ハイドの態度で騙されたことに文句を立てる仲間たち。

 世界で一番明るい夜に、暗殺者と魔王は溶け込む。


 ふたりの顔には満面の三日月が浮かんでいた。

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勇者と笑う暗殺者、世界の裏で魔王と踊る 扇 多門丸 @senzanbansui

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