第8話 5時間遅れ

 『ベッドのマットレスがへこんでいる』と、客から苦情がつづいたことがあった。

へこみを調べてマットレス会社に連絡すると保証期間内で無料で交換してくれることになった。そして待つこと半年。ようやく新しいマットレスが次の月曜日の朝9時に届く、との連絡がきた。その数、70である。


 ベッドマットレスは大きく重たい。交換には人手もいるし、新しいマットレスと古いマットレス両方の置き場所も考えなくてはならない。マネージャーたちと相談して、出来るだけスムーズに交換するにはどうしたらよいかと綿密な計画を立てた。

 新しいマットレスが届いたらすぐに部屋に入れられるように、週末のうちから古いマットレスをできるだけ部屋から出し、当日も早めに行き、朝から古いマットレスを運び出し、着々と準備を進めていった。


 そして9時になり……。

 30分、1時間経っても……、マットレスは来ない。


 30分たった頃、マネージャーのメリーが「皆、ちょっと待って。今日このまま届かなかったら、マットレスがなくて今晩泊まるお客様の部屋が足りなくなる。」と言い始めた時、私は愕然とした。

(え? まさか今日届かないなんてことがあるの?)

 月曜日の朝9時に来る、と言われたので、多少遅れたとしてもその時間に来ると全く疑いもしていなかったからだ。

(そうだよ、ここはアメリカだよ。これだけ物事が予定通りに進むことのないこの国で、時間通りに来るわけがないじゃないか。)

そう考えた時、私は思わず自分で自分の甘さを笑ってしまったのだった。アメリカに住んで長いが、それでも自分はこちらの感覚にまだ慣れていないんだな、と実感したのだ。


 結局、マットレスは5時間遅れの午後2時前に届く。


 日本ならば、遅刻したトラック運転手はまず謝ると思うが、そこはアメリカ。遅れたことを詫びるどころかでかい態度で「さっさとマットレスをトラックから下ろしてくれ。俺は早く帰らなきゃならないんだ」と高飛車に何時間も待たされたホテルの従業員に怒鳴り始めた。

 それを聞いて怒り心頭のメリーはそのごついマッチョの運転手に「ふざけんじゃないわよ!あんたのおかげでどんなにこっちが大変になってるかわかってんの!」とまくしたてた。するとメリーの迫力に押された運転手は、すごすごと一人で大量のマットをトラックから下ろしはじめたのだ。


いろいろなハプニングはあったが、その後2日かけて何とか無事にマットレスの入れ替えは終わった。

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