第3話 通じない常識
ホテルのハウスキーパー部門は、マネージャーのヘッドハウスキーパー、
補佐をするルームチェッカー、そして部屋の掃除をするハウスキーパーで成り立っている。ルームチェッカーとは、ヘッドハウスキーパーがいない時に代わりに掃除した部屋をチェックする人のことである。
さて、ホテルで働き始めてすぐに私の働きぶりは信頼されるようになった。
それは、毎回、時間通りに来て、きちんと仕事をするからである。
(それって当たり前やろ! と突っ込まれそうだが、逆にそれだけ他のハウスキーパーがいい加減だということをお察しいただきたい。)
私は働き始めて半年経った頃、ハウスキーパーをしつつルームチェッカーの仕事もするようになった。そしてその9か月後には、ヘッドハウスキーパーとなる。
それは、前任者が辞めたり、仕事をさぼっていたことがわかって交代したからだ。
アメリカで初めて仕事をする外国人の私が、1年ちょっとでハウスキーパーのトップになるとは。驚くほどあっという間の昇格である。
いちハウスキーパーの時は、自分がきちんと仕事をしていればよかったのだが、ヘッドハウスキーパーとなるとそれだけではすまない。それからの私は自分の中の日本人としての常識は、このアメリカの田舎では常識でないということを身に染みて経験していく。
私の中では、出勤日には遅刻せずに毎回出勤するのは普通のことである。休憩時間を決められた時間に終えることもあたりまえである。
しかしヘッドハウスキーパーになって体験したことはこんなことだった。
・仕事が始まるギリギリに「今日は働けない」と連絡が来る。
(それ、前からわかってたことよね?)
・何の連絡もせずに仕事をすっぽかす。
・メキシコ人は、休憩時間が過ぎてもにぎやかにおしゃべりを続けている。
(早く仕事に戻りなよ)
・どれだけ証拠があっても、嘘を言い張りつづける。
日本で生まれ育った私には、これらのことがものすごくストレスになった。
こうしたことの一つ一つへの対応が、とにかく大変だった。正しいことを言えば良いわけではない。ちょっとしたことで相手が反発したり泣き出したり。言うべきことは言わなくてはならないが、どこまで、どのように言うかの判断がとても難しい。
さらに英語が不自由な私には『どのように伝えるか』ということも大きな課題であった。いろいろ考えすぎると話す時にしどろもどろになってしまい、高校生の子に「何言ってるかわっかんな~い」なんて鼻で笑われた。
(あんた、日本語は『
と心の中で叫びながらも、とにかくぶち当たっていくしかなかったのである。
多様な価値観のあるアメリカ社会では、私の日本的な常識だけでは判断できない。もっとはっきりした基準が必要である。
私の常識を大きくはずれたいろいろな出来事に、どう対応していいのか困った時はマネージャーのメリーに相談する。メリーのアドバイスの基本は、誰に対してもフェアであること、そしてホテルのガイドラインに沿って指導していくこと、である。こちらでは、基本的に人を褒めてのばす。伝え方や英語の表現についても、メリーが具体的に教えてくれることがとても役にたっている。
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