第60話 エピローグ

「王国に巣食う邪悪なる悪魔を退けた功績により、サーシャ・ソールドを新たな守護剣に任命します」


 玉座の間。国の重鎮が集ったその場所で新たな守護剣が誕生した。現在の状況を鑑み、式の出席者に一般人はおらず、守護者任命の儀式とは思えないほど出席者が少ない。そのことを差し引いても万雷の拍手には程遠いまばらな音がこの場に集った者の心境を正確に言い表していたが、当の本人からはそのことを気にした素振りはまったく見られない。


「む~。な~んか釈然としないんだけど」


 式が終わるとピピナが開口一番そう言い、それにフローナが待ってましたとばかりに頷く。


「そうね。守護剣は国の顔でしょう。相応の実力を持たない者を任命するのはどうかと思うわ」

「……女王も悩んだ末の決断です。気持ちは分かりますが、政治的な判断としては間違っているとは思いません」


 国の守護者たる守護剣。その中でも最強の一角として名を馳せたラウが裏切った。この事実を隠蔽するかどうかで剣王国の上層部は大いに揉めた。連日連夜行われた会議の末、剣王国は事実を公表することにした。悪魔や魔女がまだ潜んでいないとは言い切れない現状、これだけの事件を隠蔽するのは極めて難しく、下手な隠蔽は魔女につけいる隙を作るだけと判断したからだ。


 無論、だからと言ってそのまま伝えても大問題だ。


 そこで女王は国民の動揺を少しでも減らすべく、ラウを倒し悪魔の王を打ち取った英雄ーーつまりはサーシャのことを大々的に宣伝した。これによって最強の守護剣の裏切りという絶望的なニュースが、若き女剣士の英雄譚へと上書きされたのだ。サーシャは人類史上初となる悪魔王を討ち取った剣士として剣王国、もしくは人類の歴史にその名を残すことになるだろう。


「あら、貴方達も来てくださったのですわね。嬉しいですわ」


 こちらにやってきたサーシャは剣士とは思えない程に着飾っており、これではどちらが王女か分かったものではない。


「ふん。師匠の手柄を横取りした奴が、僕らに何か用?」

「横取りだなんて、手紙は読んでくれたのでしょう? これは彼の意志でもありますのよ」


 直球すぎるピピナの言葉に、サーシャは恥じることなど何もないと言わんばかりの笑みで応じた。フローナが彼女にしては珍しく不機嫌さを隠そうともしない表情を女剣士へと向ける。


「彼、だなんて。クロウさんと随分親しいみたいね」

「恋人と親しいのは当然でしょう?」


 恋人。その単語にピピナとフローナ、あと多分私の瞳も鋭さを帯びる。


「私、何か失礼なことを言いましたかしら?」

「言ったに決まってるじゃん。僕達を差し置いて師匠の恋人を騙るだなんて、ほんと、あり得ないんだけど?」


 任命式が終わったからと言ってもまだまだこの場には大勢の重鎮が残っている。ピピナの大声を聞いた彼らが何事かとこちらに視線を向けてくるが、フローナは勿論、私も止める気にはならない。


「そう言われましても。私とクロウが恋人であるのは事実ですし、別に貴方達に断りを入れる必要はないと思いますわよ」

「必要大有りだよ。いい? 僕達と師匠は最後までしちゃってるの。相思相愛なの」

「あら、随分と可愛いことを仰るんですのね。私とクロウは恋人ですのよ? 最後なんて毎日のように訪れてますわ」


 ぐぬぬ。と悔しそうに握り拳を作るピピナ。


 しかし……ふーん。そうですか。クロウさんと毎日。それを私達に対して自慢げに話すとは……いいでしょう。


「ピピナ。やめなさい。すみませんサーシャさん。この子は思ったことを直ぐに口に出す悪癖がありまして」


 私が非礼を詫びるとサーシャさんは拍子抜けしたような顔をした。そんな彼女とその後、二つ、三つ社交辞令を交わしたのち、別れた。


「ちょっとリーナ、どうしてガツンと言ってやらないのさ」

「色欲を打ち倒したのはクロウさんなんだから、彼女に対して遠慮する必要はないと思うわよ?」


 サーシャさんの姿が見えなくなると、さっそく二人が不満そうに詰め寄ってきた。


「遠慮するつもりはありません。二人とも、今からクロウさんの所に行きますよ」

「えっ!? でもリーナ前は……」

「前はクロウさんの実力を見誤っていたから別れたんです。でもそうじゃないと分かりましたから、もう遠慮も我慢もなしです」


 悪魔の王を打ち倒せるほどの男性となれば、リーナとしてではなく、ローズマリーとして婿に迎えると言っても誰も反対しないだろう。


 いいえ。反対されても押し切ってみせます。


「よーし。そういうことなら早速……あ、でも師匠の居所が分かんないや」

「それなら既に私が調べたわ」


 フローナが胸元から住所の書かれた紙を取り出した。私達は互いの顔を見合わせるとニヤリと笑い合った。それはまるでお城を抜け出して遊び回っていた少女の時分に戻ったかのようだった。


「行きましょう」

「うん」

「ええ」


 そうして私達はお城を抜け出して、彼に会いに行ったのだった。

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わけありな教え子達が巣立ったので、一人で冒険者やってみた 名無しの夜 @Nanasi123

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