第59話 悪魔の認識
「驚きました。まさか貴方のような存在がいたなんて。地上も案外広いんですね」
悪魔は暫く沈黙を守った後、そう言って口火を切った。
「公爵? いや大公か?」
人の形に押し込まれた巨大なエネルギーで空間が歪んでる。よくよく見れば地上では中々見ないレベルの悪魔だ。これなら三人が不覚を取ったのも分からないでもない。悪魔は俺の問いに不敵な笑みを浮かべた。
「私は悪魔を統べる王。貴方も私の権能で肉の苦しみから救ってあげましょう」
「王? ちなみに司っているのはなんだ?」
精神生命体である悪魔の王は、それぞれが原罪と呼ばれる強い感情を司っている。
「……色欲ですけど」
「色欲となると、確か六代目くらいだったか?」
怠惰と暴食以外の王とは過去に何度かヤっている。傲慢の二代目を除いて悪魔の王は皆初代よりも劣る傾向にあるので、色欲が相手では軽い運動程度ならともかく本格的な戦闘欲求を満たすような過度な期待はできそうにない。
「興味深いことを言うんですね。魔女……には見えませんけど、知り合いにお喋りな悪魔でもいるんですか?」
「悪魔の知り合いなら何魔かいるぞ」
戦いを娯楽にしていた頃、魔界は俺にとって理想的な環境だった。だが悪魔の王を何度も倒しているうちにいつしか俺に挑むのではなく取り入ろうとする悪魔が増えてきて、すっかりと白けた俺は魔界を去ったのだ。
「そうですか、どうやら貴方には色々と聞くことがありそうですね」
そう言って色欲は服を脱いだ。悪魔の計略によって完璧なラインを描く裸体によって、場に漂っていた甘い香りがその勢力を強める。リーナが意識を失ったまま自分の体を弄り、床に蹲っていた男が台の上で寝ている女へと近づく。
……それにしてもあの二人は何なのだろうか?
「凄い。まだ耐えられるんですか? さすがは姫様が惚れるだけのことはありますね。でも貴方が人間である以上、私の権能からは逃げられませんよ」
気のせいか、あの台で寝ている女、リーナに少し似ている気がする。……一応保護しておくか。
「そんなわけで、お前も寝てろ」
俺はリーナ達の敵なのか味方なのか、いまいちよく分からない男を魔術で気絶させた。
色欲が目を見開く。
「私の権能が効いてない? 貴方、いったい何なんですか?」
「まだ気づかないのか? 王になるくらいだから、どこかで一度くらい俺を見ていると思うんだが」
魔界にいた時とは姿が違うから分からないのだろうか? 精神生命体のくせに肉の形に惑わされるのはちょっとどうかと思う。
「私が貴方を知っている? それは一体どういうーー」
「色欲の中で俺を楽しませてくれたのは初代と三代目だ。他もまぁ悪くはなかったが、正直大公とそれほど変わらなかったな」
悪魔の王の顔色がサッと変わった。
「う、嘘。いや、そんなまさか。い、いるはずがない。あの怪物が、こんな、こんなところに」
「怪物、ね。そういえば、お前達は俺をなんか妙な名前で呼んでいたよな? 何だったか。ちょっと教えてくれないか。昔は興味なかったが、今は知りたいんだ」
天界でも魔界でも地上でもない世界で生まれた。その世界には俺しかいなかった。いや、俺すらいなかった。ただ世界があり、その世界こそが俺だった。俺ではない俺はひょんなことから他の世界を知った。他の世界の生物は皆自分を持っていた。それがとても不思議だった。だから俺でない俺は他の生物を真似て俺になった。でもまだ何かが足りない。それを感じてる。それをずっと探してる。でも最近、少しずつそれが何かわかってきた気がする。
「お前達、天使も悪魔も人間も皆、他者から認識されて初めてお前達になっている。他者がいないなら区分に意味がないからだ。この考えが正しいのか? それは分からない。だから教えてくれないか。お前達悪魔は俺をどう認識している? 何て呼ぶ?」
色欲は人間のように荒い呼吸を繰り返すと、魔力で作り出した鞭を構えた。
「どうやら、本当に貴方なんですね。どうしてこんなところに。そう思っていたけれど、そうじゃない。それでこそ貴方です。貴方はどこにでもいる。常に私達悪魔の頭上に、天使の影に、そして人間の隣に、貴方は、そう、貴方こそがーー」
死神。
そう言って色欲の王は俺に攻撃を仕掛けてきた。ひとまずの答えを得て満足した俺は奴の望むものをくれてやった。
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