第9話:弟子殺し


「儂の名は、ウルゾ。しがない、始末屋じゃが……ちと困ったことになっての」


 そう言って、その老人――ウルゾが語り出した。


「儂は〝三長老〟の一つ〝日輪騎士団〟の仕事を主に請け負っていて、まあ簡単に言えば、下部組織である〝白朝組〟、〝中天組〟それに〝黒夜組〟の不始末を処罰する役割だった」

「さらっと怖えこと言うな……」


 だが、納得のいく話だった。歩き方や雰囲気、何よりその眼光から、ただの老人ではないことをスカーレットは察していた。


「それも現役の時の話じゃ。今は隠居して、後進を育てておったのじゃが……」


 そこで、一旦口を閉ざすと、ウルゾは天井で回るファンを見つめた。


「儂が育てていた弟子が…………ただ一人を除いてな」

「そりゃあ穏やかじゃねえな」

「犯人は分かっている。その唯一残った弟子であるイルドじゃ。奴は才能がなくて〝黒夜組〟で殺し屋の真似事をしておったのだが……どこで外法を身に付けたのか、その力で次々と兄弟子達を殺し始めた。そして、ついに最後の一人が儂の目の前で殺された。奴は、次は儂の番だと言って去っていった。これまでの傾向からいって、奴は必ず新月の夜に殺しを行う。次の新月は――明後日じゃ」


 それを黙って聞いていたジゼがお茶をウルゾの前に置き、口を開いた。


「弟子の不始末は、師匠の不始末。貴方自らの手で解決すべきこ――なんでもありません」


 スカーレットに足で軽く小突かれて、ジゼがキッチンに戻っていく。


「いやあ、すまないね。うちのメイドは口が悪くて」

「ほほほ、構わないとも。耳が痛いとはまさにこのこと。儂とてもう老いぼれ。死ぬことが怖いなぞ今さら言う気はない。だが、儂は奴に間違いなく勝てない。技術だとか、年季だとか、そういうのが通用する次元ではない力を奴は手に入れた。師として、そんなやつを野放しにしておくことは出来ん」

「ははーん。読めたぜ。そいつは……<御業>を授かった者、<授者>になったんだな」


 スカーレットが凶悪な笑みを浮かべ、目を細める。


「その通りじゃ」


 ウルゾが嬉しそうに微笑み返す。その顔には、子供を褒める親のような表情が浮かんでいる。あるいは弟子の成長を喜ぶ師の顔か。


「その<御業>ってのは、やつじゃないか?」

「……ほほ、そこまで分かっておるなら話が早いの」

「いいぜ。その弟子イルドとの戦闘――あたしがしっかりばっちり請け負ってやる」


 スカーレットがそう言うと同時に、音も無くやってきたレクスが契約書をさっと彼女へと手渡した。


「実は今日からでな、色々手探りなんだが、まず一つだけ先に言っておく。対象の生死についてはその場次第となる。殺せと言われても殺さない場合もあるし、殺すなと言われれば、なるべくそうするがやむを得ない場合は殺すこともある。それも含め、契約書を良く読んでサインしてくれ。この場合、料金は先払いで十万ガル、成功報酬に百万だ」


 予め調べた、この街での裏家業の相場と比べれば安すぎることをスカーレットは承知していた。金ではなく、戦闘が目的であるから、高くする必要がないというのが本音だ。


「構わないとも。だが生かす場合は……捕縛して儂に引き渡すことが最低条件じゃ」


 契約書をさらりと見たウルゾに、スカーレットは頷く。


「――いいだろう。レクス、その旨追記してくれ」

「仰せのままに」


 レクスがその場で書き足した契約書にウルゾはサインを行う。そして、懐から十万ガルを出すと、テーブルの上に置いた。


「じゃあ、明後日の夜だな。それまでに死ぬなよご老公」

「ほほほ、そちらもな。この街はよそ者に厳しいからのお」


 ウルゾはそう言って、店を去っていった。


 しばらくそのまま座っていたスカーレットがおもむろに口を開いた。


「どう思うレクス。偶然だと思うか? うちに襲撃してきた奴を、その後に来た客が殺してくれって頼んできたぜ」

「まさか。ですが<御業>には――そういう面もあると伝承では。<御業>は運命を、という。それは神の意志であるとか」

「胡散臭いが、あながち間違ってなさそうだな。まあ正直言えばな、何だっていいんだよ。どうせぶち殺すつもりだったが、向こうから来てくれてしかも金が発生する。良い事しかねえな」

「……ですな」

「あとは、ホーンハイム卿との関係性さえ洗い出せれば……完璧だ」

「この分ですと、私の出番はありませんな」

「そうでもないさ。あたしなら、。恐ろしい女主人がその時ばかりはいないからな」


 スカーレットがそう言うと、レクスとジゼが微笑んだ。


「なるほど。では、我々も応対の準備をせねば」

「くくく、当分、誰もケンカ売ってこないぐらい、派手にやっていいぞ。そうすりゃ嫌でも依頼は増えるさ」


 スカーレットがパシンと両手の拳を合わせた。


「さあ初依頼、気張ろうぜ」


 こうして、戦闘代行屋〝赤翼〟の初依頼が始まったのだった。

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戦闘代行人スカーレット嬢 ~あまりに強すぎてサービス終了まで不敗だった裏ボス、異世界の貴族令嬢に転生。バトルジャンキーな彼女はその最強の力で戦闘代行業を始め、異世界蹂躙を開始する~ 虎戸リア @kcmoon1125

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