第8話:三長老と九ツ首


 〝黒夜組〟の襲撃から数分後。


 ドアが開き、飛び込んで来たのは――キースだった。


「おい、生きてるか!? 馬鹿が襲撃かけるって聞いて、慌てて来たんだが……」

「おせーよ、ばーか」


 それを見て、右腕に包帯を巻いたスカーレットが意地の悪い顔をして、冗談っぽくそう口にした。


「……お嬢様、賭けは私の勝ちですね」


 割れて飛び散った窓ガラスの破片を掃除していたジゼがドヤ顔でそう言うので、スカーレットとレクスは顔を見合わせた。


 双方の顔には悪い笑みが浮かんでいる。


「いやいや、ジゼ。あたしとレクスは、一番にドアを開けるのは〝クソ野郎〟だって言ったぜ? そして情報屋のくせに襲撃してくるぞって襲撃後に言いに来る奴は、クソ野郎で確定だろ。よって、あたしとレクスも賭けには勝ってる」


 スカーレットの屁理屈を聞いたジゼが、キースの顔をしばらく見つめた結果――


「確かに。では今回は賭け不成立で」

「……なんか酷い言われようだが……その怪我、まさか」


 キースの言葉に、スカーレットがため息をつく。


「〝黒夜組〟がカチ込んで来たから、追っ払ったぞ」

「殺したのか」

「おいおい、あたしを何だと思っているんだ。殺しちゃいねえよ」

「そうか……はあ……まさかこんなに早く動くとは思わなくてな。悪かった」


 そう言ってキースが素直に頭を下げた。


 よそ者には厳しい対応を見せることが多いのがこの街の特徴だが、それにしても異常だ。


「気にすんな。むしろ、毎日襲撃して欲しいぐらいだ」

「それはそれで困りますがね。それで、キース様、その〝黒夜組〟について教えていただきたいのですが」


 レクスがパイプから紫煙をくゆらせ、ゆっくりと煙を吐いた。


「簡単に説明するとこの街は、表向きは都長がトップだが、実質的には〝三長老〟という、三つの組織が支配している。数で分かると思うが、三国のそれぞれを代表する組織だ。そして〝三長老〟の下にはそれぞれさらに三つの下部組織があり、これら九つの組織をまとめて〝九ツ首ナインへッズ〟と呼んでいるんだ。で、〝黒夜組〟は〝リンデンブルム公国〟系の〝三長老〟が一つ、〝日輪騎士団〟の下部組織だ。つまり――」

「あたしらと同郷ってわけか。なるほど、きな臭い」


 スカーレットがその情報だけで、何となく事情を察してしまう。


「キース、早速仕事をやるよ。その〝日輪騎士団〟および〝黒夜組〟と、公国の貴族、ホーンハイム卿との関係性を洗い出せ」

「了解だ。それ以外は?」

「神の御業について。このジンドに関わりある者、事件、伝承、なんでもいい、全部集めてくれ」

「……御業か。了解だ。だが、これは高くつくぜ」

「なあに、今日のキースのヘマを考えればきっと安くなるさ」


 スカーレットがそう言い放つと、艶めかしい足を組み直して、キースへとウインクを送った。


「ちっ……分かったよ。じゃあ、俺はもう行くが、くれぐれも面倒は起こすなよ。人もなるべく殺すな」

「向こうから来たら知らんがな。まあ努力はしよう」

「それじゃあ」


 キースが足早に店から出て行った。


「……御業、ですか」


 掃除をし終えたジゼが、そうポツリと呟いた。


 自分の主人を傷付けた奴は絶対に許さないし、必ず息の根を止めてやると誓ったが、それはそれとして、あれは異常な力だと感じていた。


 どういう理屈で、あの銀色の十字架が飛んできたのかも謎だし、物理も魔法系スキルも反射する無敵のお嬢様を殺し得る力が、あるとはどうしても思えなかった。


 そんなことを考えるジゼを見て、スカーレットがニヤリと笑う。


「この世界に来て片っ端から文献やら古書やらを漁った甲斐があったな、レクス」

「ええ。やはり御業はこのジンドには存在したようです」


 そう、スカーレットはこの世界について調査している時に、とある未知の概念が存在することを知った。


 その名は――<御業>


 それは神の寵愛を受けし者のみが宿す力であり、それを授かった者は<授者じゅしゃ>と呼ばれ、身体能力が大幅に強化され、スキルとは一線を画する能力を身に付けるという。


 彼女は、それこそが自分を殺したり得る力だと推測していた。


 なぜなら、伝承によると<御業>は<御業>によってしか防げないそうだ。つまり、どれだけ反射や無効スキルを持っていよう、その前では無意味なのだ。


「くくく……良いね。面白いだ。それでこそ、闘争に意義が生まれる!」

「それで怪我をされたらたまりませんよこっちは」


 レクスが嬉しそうなスカーレットを見て、少し心配そうな顔をする。


「大丈夫だよ。相手は初見であたしを殺せなかったへっぽこだ。次は見切る」


 自信満々にそう言い切ったスカーレットを見て、レクスとジゼは頷いた。


 この主人がそう言うなら、きっとそうなのだろう。


「まずは、情報集めですな」

「ああ。キースから情報を得たらレクス、

「仰せのままに……」


 深々とお辞儀するレクスの目に、暗い闇が宿る。


「ぶー、私も動きたいです」

「ジゼにはこの店を守るという仕事があるだろ? つうか次窓壊したら給料から引くからな」

「……すみません」


 なんて会話していると――店の扉が再び開いた。


 入ってきたのは――細身の老人だった。短く刈り上げた白髪と背筋の伸びた姿勢はそうは感じさせないが、その顔には、歴史を思わせる深いしわが刻まれている。


「戦闘代行屋……という看板を見たのだが……これはつまり儂の代わりに戦ってくれるということじゃな?」


 老人がそう言って、店内を見渡した。


「かはは、早速お客さんじゃねえか。ジゼ、茶だ」

「かしこまりました」

「お客様、どうぞ、椅子を」


 レクスが素早く、老人に椅子を促した。その動きを見て、老人が目を細める。


「ほほほ……なるほど。面白い。お前さん、儂より若いが……随分と殺しておるの」


 老人の言葉に、レクスが一瞬驚いたような顔をするがすぐに元に戻し、口を開く。


「いえいえ……それほどでも」


 レクスがスッと下がると、スカーレットがどかりと老人の前に座った。


「それで爺さん。誰との戦闘を代行して欲しいんだ? 魔物でも組織でも個人でも国でも――なんでも請け負ってやる」


 スカーレットが口角を歪ませるを見て、老人は愉快そうに笑ってこう言い放ったのだった。


「ほほほ、何、簡単なことじゃ。弟子を――儂の代わりに

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