第15話 悪魔の契約
あらやる病を治療する能力者と。目の前にいる人物は、確かにそう言った。
「……ハッ。そんな、馬鹿な。そんな都合のいい――」
「病を生み出す能力があるならば、病を治療する能力があってもおかしくないと思いませんか?」
笑い飛ばそうとした鍵子の言葉を遮るように、真由はそう言った。
「病を治療する能力者は存在します」
鍵子は真由を見据える。
「……証拠は」
「証拠、ですか。なるほど、警察が好きな言葉ですね。そうですね……いわゆる、状況証拠ですが、そうとしか考えられない事象を、いくつか持ってきました」
そう言うと真由は、肩にかけていた白いボストンバッグから幾つか紙を取り出すと、鍵子に渡す。
それは数人の
全員分見たところで、鍵子はあることに気づいた。
「財政のトップ、世界的大手企業の社長、前代総理大臣……これって」
「どれもが、国を左右するレベルの重要人物です。カルテに記載されている病気は、全て死が確定するような症例。でも、誰もまだ死んでいない。いるんですよ。病を治療する能力者は」
真由はまっすぐ鍵子の目を見る。ナイフのような鋭い視線だった。
「どうですか、斑目さん。私と組んではいただけませんか?」
真由が右手を差し出す。
その手を握ることは、まるで
けれど、悪魔だとしても。
鍵子は手を伸ばす。そして、その手を握ろうとして――。
止めた。
鍵子は真由の手を握らず、自分の手を握りしめた。
陳腐で、下らなくて、青臭くいモノが、その手を止めた。
――そう、だって、私は。
「残念だけど、私は――」
警察だ。そう答えようとした時、神城の声が耳の奥で響いた
「私……は……」
彼を
「……」
陳腐で、下らなくて、青臭くいモノ。
それは、警察としてのプライド。
だが、思えばそんなものは、もうとっくに失っていたのかもしれない。
それでも、捨てたわけじゃない。例えもうとっくに無くなっていても、鍵子はあると信じていた。
そして、それこそが先程鍵子の手を止めたものだった。
失うと捨てるは違う。
その違いは、自分の意思で手放すかどうかだ。
「……必ず見つけると、約束できるの」
「約束しますよ、必ず」
鍵子は手を開くと、真由の手をゆっくりと握る。
鍵子は今、それを捨てたのだった。
「取引成立、ありがとうございます」
真由の手は、死人のように冷たかった。
鍵子は早々と手を離す。
「……貴方は、何かの能力者なの?」
「いえ、私はただの人間ですよ」
そう言うと真由は自分の右手で銃を作ると、頭を撃ち抜く仕草をした。
「誰かとは違って、普通に死にますよ」
「なっ」
真由はにっと笑うと、それではまた会いましょうと言って部屋を後にしようとする。
「あ、待って。最後にひとつ聞かせて」
鍵子は真由を呼び止める。
「あなたは、どうしてその能力者を探してるの?」
「……愛のため」
「愛?」
「えぇ、愛です。私の愛する人のためです」
真由は満面の笑みで、鍵子に答えた。
超査係の部屋に戻ってくると、溶けたスライムみたいに籠目が椅子にだらりと座っていた。
股を大きく開き、腕を力なくぶら下げ、顔は天を仰いでいた。
「おぉ、おかえり」
「……だらけてますねぇ」
「今は特にやることがねぇからな」
そう言うと籠目はよっこいしょ。と、おじさんのような掛け声と共に体を起こした。
「腹減ったな……なんか食うか」
籠目は立ち上がると、部屋の奥にある冷蔵庫の方へと向かっていく。
ふと、今日はの頭に疑問が浮かんだ。
「そういえば籠目さんって、もの食べるんですか」
「そら食うさ」
「え、どうやって……あっ」
鍵子はこの間、籠目が紙を自分の頭で燃やしていた事を思い出した。
「まさか……」
「おう、そのまさかだ」
「でもそれって……」
そこまで言って、鍵子の言葉を遮るように超査係の扉が開いた。
そこには、痩せこけた顔に無精髭という、鍵子にとっては馴染みがあり、それであって懐かしい顔が覗いていた。
「よっ」
くたびれた黒いスーツを着た、黒目黒真兵であった。
「く、黒目黒さん!?」
「おひさ」
片手を
「どうしたんですか、わざわざこんな辺鄙な場所に」
「いや実はな、お前に頼みたいことがあってだな……」
そう言うと真兵は黒のビジネスバッグを開け、書類を取り出し、鍵子に渡した。
「最近起きている窃盗や強盗の事件でな、ある共通点があったんだよ」
「はい」
渡された書類はその事件の犯人達の情報であった。
ペラペラと鍵子は書類を捲る。犯人は全員、男であった。
「……全員男?」
「まぁそれもそうなだけどな。全員、あるキャバクラに通いつめめてな。調べてみると同じ人物を指名していた」
そう言うと真兵はカバンから別の書類を取り出して鍵子に渡した。
「……キラミ、ですか」
それは、キャバクラのサイトに掲載れていた『キラミ』のプロフィールだった。下にはでかでかと店1番人気!と書かれている。
ロングの黒髪に大きな胸、それとは不釣り合いな程華奢な体、足は折れそうな程細く、綺麗に整った顔にはどこか儚さを感じる。
――なるほど、男が好きそうな女だ。
「みんな、この女を指名していんだよ。俺は何かあると思ってな。上に言ったんだが、どうも上は動きたがらないんだ。そうこう言ってるうちに、昨夜には殺人未遂まで起きた」
「なっ」
「だが、上はまだ動きたがらない。どうもおかしいと思って俺独自に調べてみたらなんとな、警察の上層部にも、この女にお熱な奴が数人いたのさ」
真兵はやれやれと言った感じに首を振った。
「でも、おかしくないですか?いくら美人だからって、殺人未遂なんて……それに、上層部も。自分のお気に入りだからって……なんだか、異常ですよ」
「そう、だからお前に捜査を頼みたいんだ」
「私に、ですか」
「本当は俺が調べたかったんだが、どうにも手が空かなくてな。他に信頼出来る奴を考えたら、真っ先にお前が浮かんだ」
「……」
「頼まれてくれるか」
真兵は書類封筒を鍵子へと差し出す。
「……私でよければ」
鍵子は書類封筒を受け取ると、頷いた。
Monster 警視庁特殊事件捜査課超常現象捜査係 旧骨 @Honemaru
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